美しい人の正体
「はい、どうぞ」
椿屋敷の門前で立ち止まった美しい人は、豆腐が入った桶を後ろにいるお琴に渡した。
「あ、ありがとうございます……。あ、あの、失礼ですが、どちら様ですか……?」
お琴は勇気を出して、ずっと気になっていたことを質問した。すると美しい人は、
「嫌だぁ!分からなかったの?……プッ。アハハハ!」
と言って笑い出した。お琴はまだ自分はこの国に来て2年だから、知っている人は限られている。こんな美しい人と知り合いだったっけ?と考えていると、
「自分だよ、自分」
美しい人は結っていた髪を下ろし、手櫛でボサボサにした。そして化粧を手で拭う。美しい人がお琴の知っている人物に変わっていった。
「……えぇ!右忠様!?」
お琴は口を大きく開けて、びっくりしている。髪を下ろした美しい人は右忠だったのだ。
「そう。今日は女に変装して仕事をしているんだ。きちんと自分は女に見えていたかい?」
右忠はにっこり笑って聞いてきた。お琴はうんうんと首を縦に振る。
「なら、この格好で行けるな!」
お琴の反応を見て、右忠はにんまり笑う。お琴は何か企んでいるような気がするが、無邪気な笑顔だなと思った。
「あ、そうだ。清隆は君に仕事とかについて、話をしたかな?その、旅をすることとか……。一緒に旅をして欲しいと言われた?」
突然右忠が話を変えてきた。お琴は不思議に思いつつも、小さく頷く。
「……やっぱり。あいつ、君を仕事の相棒にするつもりはないとか言っていたけど、そんなことないと思っていたんだ。だってあいつ、結ばれるべき人間の存在をずっと幼い頃から信じているんだから。周りの人間がお伽話だと思って信じていなかった存在をやっと見つけたんだから、屋敷の使用人だけにするわけないと思っていたんだ」
右忠の言葉に、お琴はびっくりした。その部分はあまり触れずに清隆様は話をしていたので、まさか右忠様からそんな風に言われるとは……とお琴は顔を赤らめて戸惑っている。
「……あ。もしかして、この話は聞いていなかった?」
お琴の表情を見て、右忠が気まずそうに問いかける。お琴は小さく頷いた。
「……すまない!自分が言ったことは忘れてくれ!」
右忠は勢いよく頭を下げる。お琴は謝罪して欲しいわけではないし、右忠が領主様の弟君だということを思い出した。
「こんな小娘に領主様の弟君様が頭を下げるなんて、畏れ多いです……」
お琴は慌てて、右忠に向かって言った。しかし、右忠は頭を下げたままで、お琴は困ってしまう。
「……結ばれるべき人間としてではなければ、清隆は君をどういう立場で見ているのだい?」
頭を上げずに、右忠はお琴に尋ねた。お琴はいつまでも右忠様の頭を下げさせてはいけない。右忠様の頭を上げさせねばと思い、素直に答えると決めた。
「清隆様は私を友としてくれました!」
「……なら、清隆の友は私の友だ。領主の弟としての謝罪ではなく、君の友の謝罪として受け取ってはくれないか?」
右忠からの申し出にお琴は困惑してしまう。領主様の弟君が私の友なんて……。でも……、頭を上げて欲しいし、昼食作りもあるから……とお琴は考えた。それに友が増えて嬉しい気持ちもある。お琴に断る理由がなかった。
「……友からの謝罪を受け入れない程、私は狭量な人間ではありません。気にしていないので、頭を上げて下さい」
お琴がそう言うと、右忠は頭を上げて、にんまり笑った。
「ありがとう!友として、これからもよろしく!」
右忠は抱きつかんばかりの勢いで、お琴の肩をしっかり掴んで笑う。お琴は友だから、こういう触れ合いもあるのかな……と思ったが、恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
「じゃあ、また後で椿屋敷に来るから!」
右忠はそう言うと、颯爽と椿屋敷から立ち去っていった。お琴は肩に残った右忠の手の温もりを感じたら、急に恥ずかしくなってしまい、急いで豆腐を土間まで持っていった。