美しい人との出会い
縁側の障子を開け、三の間へと戻ったお琴は、拭き掃除をしようと掃除用桶を探すが、置いてあった場所にない。
「桶と雑巾、どこに行ったんだろう……?」
お琴が困っていると、
「あ、清隆様との話が終わったのですね」
と開いている障子の間から、卯木が顔を出した。
「あ、卯木様……」
「話を聞いて、納得いきましたか?」
卯木の質問に、お琴は静かに頷く。
「きっと話が長くなるだろうと思って、三の間の掃除は私がやっておきました。これで、昼食作りを始めましょう」
卯木の言葉を聞いて、お琴は一体卯木様は私や清隆様のことをどこまで把握しているのだろう……と思った。
「あ、お琴。豆腐を買いに行ってきてください。今日は特別な日なので、清隆様にぜひ召し上がって頂きたいのです」
卯木はお琴にお使いを頼んだ。
「今日は何の日なのですか?」
お琴が真顔で尋ねると、卯木は一瞬固まったが、
「……え?清隆様が勇気を出して、お琴に自分の思いを伝えた日ですから、特別な日になったのですよ」
と優しい瞳でお琴を見つめながら答えた。お琴は思いというのは、秘密にしていたことかな……?……まぁ、自分の秘密を告げるのは確かに勇気がいることだものね、と卯木の答えに納得した。
「おそらく、仕事とはいえ、近いうちに2人で旅に出るのですから、精のつくものを食べて頂かないと」
お琴には、卯木の声が心なしか弾んでいるように聞こえた。
「では、私は桶を持って豆腐を買いに出かけていきます」
「お願いします、銭はここに」
卯木は懐から、銭袋を取り出した。お琴はそれを受け取ると、
「土間へ桶を取りに行ったら、そのまま豆腐売りの所へ行ってきます」
と卯木に告げて、まずは土間へ向かった。
「なんか卯木様、嬉しそうだったなぁ。よくは分からないけれど、卯木様が喜んでいるのならいいか」
土間に着いたお琴は、桶を手に取り、独り言を呟く。その時、トタトタと静かな足音が土間に近づくのをお琴は感じた。卯木様が昼食作りに来るのだわ……とお琴は気づいた。私も急いで買いに行かないと!と思い、急いで出る準備をした。
「では、豆腐売りの所へ行きますか」
お琴は桶を持って、豆腐売りの所へ向かった。
「な、なんでおまけまでくれるのかな……」
水が入った桶に一丁半の豆腐を入れて、お琴は屋敷前の一本道を慎重に歩いている。豆腐売りの人に豆腐を一丁頼んだのだが、「おまけだ」と半丁の豆腐も渡されたのだ。ただでさえ、水を零さないように運ばなければいけないのに、崩れやすい豆腐が増えたことは、無駄な動きが多いお琴にとっては至難の業だ。お琴は早く屋敷に戻らないと……と思いながらも、動きが制限されてしまう今の状態にイライラしている。すると、
「何、変な歩き方をしているの?」
という声が後ろから聞こえた。次の瞬間、お琴は背中を誰かに軽く叩かれた。
「だ、誰?」
お琴は驚き振り向くと、そこには薄桃色の小袖を着た美しい人が立っていた。着ているものは質素だが、化粧が濃いので、美しい顔立ちが目立つ。髪を一つに結った美しい人に切れ長の目でじっと見つめられ、お琴は思わず目を逸らす。
「自分が持っていってあげよう」
美しい人はそう言って、お琴が持っていた豆腐の桶をひょいと持った。お琴は美しい人の声が思っていた以上に低くてびっくりしていると、美しい人はスタスタと歩き始めてしまった。
「あ、お待ちください!」
お琴が慌てて叫ぶと、
「いいから、いいから。椿屋敷まで運ぶよ」
と美しい人はそう言って、屋敷へ向かっていった。だ、誰なんだろう……と思いながら、お琴は後ろから追いかける形で椿屋敷を戻っていった。