清隆の仕事
「平和な世を作る手伝いをすることが、今の榛名家の仕事なのだが、その仕事に、昨日家に来た右忠様が関わってくる」
清隆の言葉に、またお琴は首を傾げた。
「右忠様が……ですか?どうして?」
傾奇者の格好をした右忠様が、平和な世を作る手伝いとどう関係するのだろう……?と、お琴は不思議に思う。
「実は右忠様は、この国の領主様の弟君なのだ」
清隆の言葉に、お琴は思わず目を見開いてしまった。
「えぇっ?う、右忠様がですかっ?」
お琴の問いかけに、ゆっくり頷く清隆。あの風貌や軽々しい態度からは高貴な身分な方に全く見えない……とお琴は思った。
「領主様はあまり表立って統治をすることが出来ないお方で……。右忠様が領主様の右腕となり、内政や外交を支えているのだ。私も表向きは農民から税を集める郷士という立場だが、実際は右忠様の直属の部下なのだ」
「……あぁ!だから、農民がいない場所なのに郷士様がいるんですね!」
「そうなのだ。商人達が集住している場所には、商人頭が置かれているのに、更に税を取り上げる人間がいたら、反発を買ってしまうだろう?だから、私の仕事は別の事なのだ」
お琴は清隆の目をじっと見つめる。
「私の仕事は国内の情報収集をする事だ」
お琴はどういうなことなのだろう……?と思った。なぜ情報収集が平和な世になる手伝いになるのか、お琴には分からなかった。
「今の時代に諜報は不可欠。敵国の情報は真偽に関わらず必死に集めなければならないが、領国の情報は真のみが必要。偽は国を脅かす物になるので一切要らない。偽の情報を流されたせいで国が危うくなったという先例は幾つもある。私の仕事は領国に流れている不穏な情報や噂の真偽を確かめ、領主様に報告する事なのだ。右忠様から聞いた情報の真偽を確かめるべく、各地を旅するのだ。私は平和な世にする為には、まずは自分の住む国が平和でなければならぬと考えている。右忠様も私の考えに賛同……というか、自分の利害に一致していると思い、私にこの役目を与えてくれたのだ」
お琴は平和な世にする為に、情報がそんなに大事なことだとは知らなかった。
「どうやって右忠様は、国の情報を知るのですか?」
「この国には各領地に目安箱があるのだ。その目安箱に入っている紙を右忠様が直接集めて、情報を得ている」
お琴は話を聞いて、一商人の娘の自分が国の平和の為に動く清隆様の手伝いができるのか……と思い始めた。図々しいことを言ってしまった……と後悔している。すると、
「お琴には、私の旅の伴をして欲しいのだ。小人になった時の私が見える人間がいるのは、大変ありがたい」
清隆から申し出があった。お琴はまさか頼まれるとは思わなかったので驚き、声が出ない。そんなお琴の様子を見て、清隆は何かを思い出した様で、顔を少し赤らめる。
「……先ほどは小人の姿が見える人間は夫婦となる人間と言ってしまったが……」
お琴は清隆の言葉を聞いて、先ほどの話を思い出し、耳まで真っ赤になる。
「その……、いきなり妻となって仕事を手伝って欲しいとは言わない。だから、友として私の仕事を手伝って欲しいのだ」
清隆の申し出に、お琴はドキドキした。お琴はこの国に来て、もうすぐ2年になるが、友と呼べるのはお紗世しかいない。友が増えるのは、お琴にとって嬉しいことだったが、
「私が清隆様の友なんて、畏れ多いです……。私、ずっと鑑定する作品としか向き合ったことがなくて……。人間とあまり向き合ってきていないので……」
円滑な友人関係が築けるかどうか不安になった。
「……私はあまり友と呼べる人間がおらず、ましてや異性の友というのは生まれて初めてだ。だから、お互いゆっくり友人関係を築いていこう」
と清隆が優しく言った。お琴は、清隆様とならよい友人関係を築けそうだ……と、その言葉を聞いて安心した。しかし、
「……あ。でも友人になるのなら小さい清隆様も同様に友人になるのですよね?私、あまり小さい清隆様に良い印象を持っていないのですが……」
お琴は小人の時の清隆を思い出す。清隆は気恥ずかしそうに、右頬を人差し指で搔く。
「あぁ……。小人の時にああやって感情を発散させないと、人間の時に心穏やかでいられないから、ついあんな態度になってしまうのだ……。すまないが、小人の時は今まで通りのケンカ友達でいて欲しい」
友人から頼まれたのだから、断れない……とお琴は思った。
「分かりました。清隆様、これからは使用人としてだけではなく、友としてもよろしくお願いします」
とお琴は頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
清隆も頭を下げる。その瞬間、ボンッという音と共に煙が清隆を包んだ。お琴はこの音に聞き覚えがあると思った。そして、あ!清隆様を呼びに奥の間へ行った時に聞こえた音だと気がついた。それと同時に、着崩した清隆の格好を思い出ししたが、お琴は慌てて頭を振って、忘れることにした。煙から見える人影が小さくなっていく。そして、清隆がまた小人になってしまった。
「すまない。口づけされた時と体調が優れない時は元に戻ることができるのだが、いつ小人になるのか分からないのだ。……仕方ない。旅の出発日を伝えるのはまた後にするか」
と清隆は明るく笑った。
「で、では、私はとりあえず三の間の掃除に戻ります」
とお琴は言って、奥の間を出ていった。




