お琴の特技
「お義兄さん。何か見定めに困っている品物はありますか?」
藤色の小袖に着替えたお琴は住居とお店を繋ぐ障子を開けながら、葵屋の中へ入っていった。
葵屋はお客が持ってきた品物をお金や同等価の品物と交換し、手に入れた品物は貸し賃を支払った人に貸すという商売をしている。日用品から骨董品まで、貸すことのできる品物は多岐にわたる。お店は広めな土間の続きに高さのある小さな座敷があるつくりになっている。座敷には店番が座っており、土間にはお客に貸せる日用品関係がきちんと陳列されている。高価な骨董品は家の裏の蔵の中にある。
「あぁ、お琴ちゃん。ちょうど良かった。今、こちらのお客様から水墨画をお預かりしたところで……」
信貞が困ったように笑い、自分の前に立っているお客様を手のひらで指した。そこにはえんじ色の着物を着た小太りの目の細いおじさんが立っていた。
「いらっしゃいませ」
お琴はあいさつをすると、おじさんは
「どうも」
と軽く返事をした。
「では早速、拝見させていただきます」
お琴は信貞から水墨画を預かった。
「この絵、鶴と亀が水辺で戯れている縁起のいい絵ですね。あ、落款が和田華扇ですね。……でも、落款が他の作品と違う字体ですね。それに筆の運びが早すぎる。本物はゆっくりなんですよ。だから、残念ながら本物ではないですね」
水墨画を見終えたお琴は、信貞に水墨画を返した。おじさんは口を開けながら、お琴を見ている。
「な、なんでこんなお嬢ちゃんが真贋の判断できるんだい?」
おじさんが不思議がっていると、
「このお琴はですね、古今東西の名品を集めて調べた宗像万歳の孫なんですよ。万歳が古今東西の名品の真贋の見極め方を書いた『名品真贋見極方指南書』を受け継いだ万歳の跡継ぎなんです!」
と信貞が自信ありげに説明をした。
「あぁ、収集家で鑑定にも定評のある万歳さんの跡継ぎなんかい。それはすごいや」
おじさんは信貞の説明で納得したようだ。これがお琴がお店を手伝うのに乗り気でない理由である。普段は奥の家の中で骨董品の真贋を判断するのだが、お店で真贋の判断をすると必ずお客ができる理由を尋ねてくるのである。お琴は幼少期に祖父母の家に預けられ、そこで祖父から色んな作品についての話を聞いて育っただけなのに、家族が「宗像万歳の跡継ぎだ!」と自慢げにお客に話をするのも嫌なのだ。家族は商売のために教わったと思っているが、お琴にとって名品の真贋の見極め方の教えは祖父のお琴への愛情だと思っているので、正直商売に繋げて欲しくない。
「あとはお義兄さんに任せますね。また何かあったら呼んでください。それでは失礼します」
お琴はおじさんに一礼して、また家の方に戻っていった。他の家族やお店の人々は蔵の整理をしているため、お琴がちょくちょく休んでもバレない。
私は作品の真贋を見ることはできるけど、値段の付け方はお義兄さんの方が知っているからね。適材適所ってやつよ……とお琴は思いながら、ひと息ついた。
しばらくすると、
「あ〜あ、手習いに行きたいなぁ……」
いつ来るか分からないお客を待つと思ったら、裁縫の手習いに行きたいという思いが突然お琴の中で大きくなった。
「よし、行ってこよう……!」
お琴は立ち上がった。身一つで動いた方が都合がいい。裁縫道具は忘れたことにしよう。裏口から出ると、蔵の整理をしている家族や店の人達に見つかるかもしれないから、家の玄関から出よう!とお琴は瞬時に考え、そして実行した。