お琴と友達
次の日。お琴は目の下にクマをつくって、椿屋敷にやって来た。昨晩、小人と榛名家との関わりについて考えていたが、結局分からなかったので、誰にどの時に小人のことを聞こうか、徹夜で考えていたためだ。
「おはようございます」
お琴は土間の中に入り、挨拶をした。卯木がいつもいる場所なので、顔を出しに来たのだ。
「おはようご……どうしたのですか!?人相が別人になっていますよ!」
卯木はお琴の顔を見て驚く。クマだけならまだしも、お琴は奥二重が腫れぼったい一重になっていて、いつもの顔が更にひどくなっていたのだ。
「あ、あまり寝ていなくて……」
「どうしてですか?」
卯木の問いに、お琴は一瞬答えに詰まってしまう。しかし、一晩考えて誰にどう尋ねるか決めた。今がその時だとお琴は思い、卯木をしっかり見つめた。
「……私、母のようにお慕いしている卯木様だからこそ、正直にお尋ねします。昨日、裁縫箱の中に小人のものと思える衣の型紙を見つけました。それが気になってしまい、眠れなかったんです。……あの、小人は榛名家とどのような関わりがあるのですか?」
お琴の言葉を聞いて、卯木は一瞬肩をビクッとさせるが、真っ直ぐお琴を見つめた。お琴は目を逸らさず、卯木を見つめ返す。
「……。……私も娘のように思っているあなただからこそ、正直に話しますが、その事は私からはお話できないのです。清隆様に直接お尋ねください」
卯木の答えから、お琴は小人と榛名家は何か関わりがあるということに気づいたが、あとは清隆様に聞くしかないと悟った。
「教えてくださり、ありがとうございます。私、清隆様に直接尋ねようと思います。これで仕事に入ります」
お琴はもう卯木には聞かずに仕事に入ることに決めた。お琴の言葉を聞いて、卯木も頷いた。
「では、今日は最初に洗濯用の桶に水を汲んで欲しいので、裏庭の井戸へ行ってきてください」
「はい、承知しました」
卯木の仕事の指示を受けて、お琴は裏庭の井戸へと向かった。
お琴は井戸へ向かう途中、裏庭の生け垣を見て、思わず立ち止まる。
「あ、丁度いいところに!助けてくれ!」
生け垣の木の枝に小人が宙吊りになっていたのだ。今日はくちなし色の素襖を着ている小人。これも卯木様が作った物なのかも……と思いながら、お琴は小人を見つめる。しかし、気になっていた小人が目の前にいて、お琴は何て声をかけていいのか分からなかった。
「聞こえているだろう!助けてくれ!オイラを地面に降ろしてくれ!」
小人はお琴の目線と同じ高さの枝に引っかかっているので、飛び降りたら大怪我するのは確実だ。
「……どうして木の枝に引っかかっているの?」
お琴が質問をすると、小人はバツが悪そうな表情をして口ごもる。
「正直に言わないと、降ろさないわよ」
「……近所の柿の実を盗むために、友達の背に乗って柿の木まで飛んでいったんだけど……。オイラを家の地面に降ろそうとしたところで、友達が人間の気配に驚いて急に上に上がっちゃって……」
小人は悪戯をしに出かけて、ある意味悪戯失敗で今の状況になったのかとお琴は理解した。地面を見ると、椿屋敷にはない柿の木の実が2つ落ちていた。自業自得なのに、助けを求めるなんて……と思い、お琴は長いため息をついた。
「……盗みは武家の男子がすることなのかしら?友達に助けてもらったら?」
お琴は冷たい態度で小人に言い放つ。
「……友達はお前……というか人間が来たから逃げちゃった。オイラ、悪戯は基本家の中でしかやらないと決めているんだけど……。……ちょっと昨日具合が悪くて……。今日元気になったから、好物の柿の実がどうしても食べたくなっちゃって……」
小人は宙吊りになったまま、しょんぼりしている。お琴は一瞬小人に同情しそうになったが、昨日真成に言った言葉と自分が覚えたことを思い出した。
「あれ……?あなたも昨日具合が悪かったの?清隆様も昨日具合が悪いと聞いたわ……。それって偶然……?」
お琴は小人に問い詰めるような独り言を呟いた。お琴の言葉を聞いて、小人は顔を引き攣らせる。そして顔を強ばらせ、
「……やっぱり、友達を待ちつつ、自力で降りるからいい」
と小人は言って、体を動かし始めた。小人が体を動かす度に、木の枝がミシミシと折れそうな音を立てる。
「あ、危ない!」
お琴は思わず、小人の足元に両手を添えた。
「私の両手の上に乗って。それで素襖を脱いで取ればいいじゃない」
お琴の言葉を聞いて、小人は動くのを止めた。
「い、いいのか?」
「人が危ない時に手を貸さないのは、人でなしよ。私はそんな人間じゃないわ。私のせいで友達が逃げたのなら、今だけ私があなたの友達になって手を貸すわ。さ、両手の上に乗って」
「そ、そうか……。じゃあ……」
小人はお琴の両手に足を乗せ、木の枝に引っかかっていた素襖を一旦脱いで、素襖を取った。
「あ、ありがと……。一瞬でも初めて人間の友達が出来て、嬉しかった……。ほとんどの人間はオイラの姿は見えないし、声は聞こえないから、今まで人間の友達はいたことなかったんだ」
素襖をまた着直した小人は下唇を突き出しながら、お琴にお礼を言った。
「いいわよ。あなた危なかったし、あなたの友達になって助けただけだから。だから、友達には清隆様との関わりについては聞かないわ。元々清隆様に直接聞くつもりだったしね」
お琴は優しく小人を地面の上に降ろした。
「……きっと聞けば、教えてくれると思う。じゃあな!」
小人は一目散に屋敷の中へと向かった。お琴は自分が何をするために裏庭に来たのか思い出し、井戸の水汲みを始めた。