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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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お琴と右忠

慌てて玄関の中へ入ったお琴は右忠が履いていた草履を見つけ、立ち止まる。

「あ……。もう右忠様は一の間へ行ってしまったのなら、今は簪を返せないわ……」

一体いつ返したら良いのか、お琴は困ってしまったが、とりあえず懐の中に簪を入れておくことにした。お琴が簪を懐の中に入れていると、

「お琴。右忠様のお出迎え、ありがとうございました。今、右忠様が一の間へお入りになられたので、土間に置いてある御菓子を一の間へ運んでください」

と玄関前の廊下を歩いていた卯木に仕事を言われた。

「はい、承知しました」

と返事をしながら、お琴は簪を懐の中にしまう。

「私はその間にお茶の用意を致します。右忠様は庶民のお茶の飲み方がお好きなので……。一緒に土間へ行きましょう」

「はい」

お琴は返事をすると、卯木と一緒に土間へと向かっていった。


土間に来たお琴は手を洗い、箸を使って、2枚の円形の菓子皿に豆大福を1つずつ載せた。そして皿の右側に楊枝を添えて、お盆の上に豆大福を載せた菓子皿を載せた。

「卯木様、豆大福を運びに行ってきます」

「あ、お願いします。私は後からお茶を運びにいきます」

再度お湯を薬缶で沸かしながら、卯木が言った。まだ沸くまでに時間がかかりそうだとお琴は思いながら、お茶の用意をしている卯木を見た。

「承知しました。では、運んで参ります」

お琴は一礼して、お菓子を一の間へ運びに向かった。


お琴が一の間に近づくと、清隆と右忠の何やら話している声が聞こえてきた。しかし、御菓子を持ったお琴が、一の間の前の縁側に立つと、

「あ、さっきの子が来てくれた。どうしたんだろう?」

と右忠が笑顔で障子を開けた。突然目の前の障子を開けられたお琴は、

「あ、あの、御菓子を持って……」

と、上手く用件が言えずに固まり始める。そんなお琴を見て、

「ありがとう。じゃあ、貰っていくね」

と用件を察した右忠は、お琴からお盆を取り上げる。客人にそんなことをさせてはならないとお琴は思い、

「あ、あの……」

と声を発するが、

「あ、そうだ。簪は気に入ってくれた?」

突然、右忠が簪についてお琴に尋ねてきた。右忠の言葉に、お琴ははっと思い出して、

「あ……、そうでした。あの、この簪、返そうと思っていたんです!高価な鼈甲(べっこう)だし、装飾部分の彫りが今の主流である家紋ではなく、山と桜の絵でした。簪屋の技術にして甘い彫りですけど、心を込めて彫ったものと感じました。この簪、右忠様の手作りですよね?想いを込めて彫ったものだと思うので、本当に渡したい人に渡した方がいいと思います」

一気に簪を返す理由を挙げて、お琴は懐から簪を取り出した。

「……へぇ。よく自分の手作りだって気づいたね。大抵の女の子は高価な物だって喜ぶだけで、手作りだって気づかないのに」

右忠はお琴を見つめながら、小さく呟く。そして、

「……うん、自分も君のことを気に入った!だから、その簪は君のもの。貰ってよ」

と言って、右忠はお琴に向かってニコッと笑い、簪を受け取らなかった。

「え、あの……」

と、お琴が困ると、

「お琴、聞いていたであろう」

と清隆の声が障子越しに聞こえてきた。

「右忠様は女子(おなご)に自分が作った物を貢ぐのが趣味である方だから、気にせず貰ってよいのだ」

「え……」

「いいから」

「……はい。右忠様、ありがとうございます」

いつもの清隆様の言い方ではないと思いながら、お琴は言われた通りに簪を貰うことにした。

「ねぇ、この床の花は君が生けたの?」

右忠がお琴にまた質問をしてきた。

「は、はい。そうです」

お琴が答えると、右忠がにっこり笑う。

吾亦紅(われもこう)を自分の為に飾ってくれたんだから、簪を貰う意味はあると思うよ」

どういう意味なのか分からず、右忠の言葉にお琴が首を傾げると、

「意味が分からない?だったら教えてあげる。花の吾亦紅、われもこう……。「我も()う」って「私もあなたを想っています」っていう意味になるだろう?自分のことを想っている女子に贈り物を贈らない男はいないだろう?」

と右忠は言って、いたずらっぽく笑った。意味が分かったお琴は、見る見るうちに顔が赤くなってしまった。

「君って、表情がくるくる変わって面白いね」

「右忠殿!うちの使用人をからかわないで下さい。お琴。これでまた話し合いを始めるので、下がって良いぞ」

お琴は突然の荒っぽい声の清隆にびっくりしながら、

「は、はい。し、失礼します」

と言って、一の間に背を向けた。そんな2人の様子を見て右忠は、

「昔から清隆は……。変わっていないんだねぇ。でも、自分が頼んだ仕事は、感情を挟まずにきっちりやってくれよ。あの子は優秀な助手になりそうだから、今回の仕事を手伝わせるんだろう?」

ニヤニヤしながら、顔だけ一の間へ向けて清隆に尋ねる。

「……私はそういうつもりで、お琴を雇ったのではないのですが」

「榛名家に関わらせるには、仕事も覚えさせなきゃいけないんじゃないかい?」

「……とにかく。それは私が考えます。話の続きをお願いします」

「はいはい。分かりましたよっと」

右忠はそう返事をして、縁側の障子を閉めた。

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