現れた客人
「あれ?君は新しい使用人なのかな?清隆が女性を雇うなんて信じられないなぁ。君の名前は?」
目の前に現れた笑顔の男の人に、お琴は目が点になってしまった。なぜなら、男の人の様相がいわゆる傾奇者だったからだ。月代を剃らないで、肩まで長く伸ばした髪。前髪は目にかからないように切ってあるが、お琴から見て右に流している。服装は黄色の袴に金色の菊の刺繍がされた女物の紅の着物を羽織っている。袴には狐の皮が腰につぎはってあった。卯木に笑顔で出迎えるように言われたが、お琴は驚きのあまり表情を作れない。だが、お琴は気を取り直して一礼をした。
「右忠様、初めまして。お琴と申します。清隆様から右忠様を出迎えるよう仰せ仕りました。ご案内致します」
「畏まらなくていいよ。清隆が君を雇ったということは、君は小人が見えるのかな?」
右忠の問いに、お琴は再び驚いた表情を見せた。
「ど、どうして小人の事を知っているんですか?」
お琴が問い返すと、
「そりゃあ、乙女のような考え方をする清隆とは旧知の仲だからさ。あ、それよりもこれを君にあげるよ。君にはこの簪が似合いそうだからさ」
と確信には触れず、右忠は懐から簪を取り出した。
「え、そんな!お客様からそんな高価な物を頂くわけにはいきません」
お琴は慌てて断るが、
「ま、いいからいいから」
右忠はお琴の右手をそっと持つと、その上に簪を置き、お琴に簪を握らせた。お琴は初対面の男性に手を触られたことに驚き、固まってしまう。
「勝手知ったる場所だから、あとは自分で行くよ。出迎え、ありがとね」
固まっているお琴に笑顔を向けた右忠は、そのまま屋敷の中に入っていってしまった。
「……あっ、右忠様!」
お琴の声が出るようになった時には、もう右忠はいなかった。
「簪、貰っていいのかなぁ……」
右手の中にある簪を見つめるお琴。平打簪と呼ばれる平たい円状の飾りに、2本の足がついた簪を見て、お琴はあることに気がついた。
「……これ、やっぱり返さなきゃいけない物だ。返しに行かなきゃ」
そう呟き、お琴は慌てて屋敷の中へ戻っていった。




