椿屋敷
小豆色の着物を着た初老の女性とお琴は向かい合って正座をしている。初老の女性は眉間にしわを寄せ、お琴を見ている。お琴はそんな女性を直視できず、畳をじぃっと見ていた。
「何故、榛名家の門をくぐって、何かわめき散らしながら榛名家を歩き回っていたのかを説明してもらいましょうか」
女性が言っていることは、つい先ほどのお琴の行動についてである。
お琴は榛名家に入り、「出てきなさい!小人!」と怒鳴りながら、小人を探しているところをこの女性に「怪しい奴、何者!」と叫ばれ、捕えられてしまったのである。
い、言えないよ……。小人を捕まえに入ったなんて……とお琴は困ってしまった。すると、
「ぐぅぅぅ」
お琴のお腹が盛大に鳴ってしまった。いつもなら、そろそろお昼ご飯を食べる時間である。お琴は慌ててお腹を右手でぐっと抑えるが、あとの祭りである。
「はぁぁぁ……。呆れた娘だこと」
女性が盛大なため息と共にお琴に嫌味を言った時、
「卯木が厳しく問い詰めるから、緊張したのではないのか?」
と低く優しい声が聞こえた。誰……?とお琴が思った時、屋敷の縁側と部屋の間の障子が開いた。すると、髷を結った涼し気な瞳を持つ青年が部屋に入ってきた。若草色の着物が青年の端正な顔立ちを更に引き立たせている。お琴は思わず見とれてしまった。
「清隆様!この娘は屋敷に入った曲者ですよ!優しく問い詰める必要はありませぬ!娘も!頭が高い!この方は榛名家当主、清隆様である!」
卯木と呼ばれた女性は清隆とお琴に厳しい口調で言ってきた。清隆は涼やかに笑い、卯木の隣に座る。
「まぁ、まずは名前を聞こうか。そなたは何という名だ?」
清隆が入ってきたことで部屋の空気が少し変わった。お琴はすこしホッとして、
「私はお琴と申します。このすぐ近くの酒屋土倉・葵屋の娘でございます」
と自己紹介をした。清隆はゆっくりうなずき、
「あの品物と銭を交換してくれる店か……。では、何故私の屋敷に入ってきたのか教えてくれないか?」
とお琴に聞いてきた。お琴はお腹がすいているし、屋敷から出たいので、正直に話して早く家に帰ろうと心に決めた。
「実は小人がこの屋敷に入っていくのを見まして、その小人を捕まえようと思い、思わずお屋敷に入ってしまいました」
お琴は2人に呆れられると思って覚悟を決めていたが、2人は「ふむ……」としばらく考えこむ。沈黙を破ったのは清隆だった。
「お琴……は小人を見たんだね」
「はい!話もしました」
お琴は清隆の目を見て答えた。
「実は……この家にはね、いるんだよ。小人が。この家にいる小人を見ることができた人間は幸せが訪れるというから、良い縁談に恵まれるといいね」
清隆は優しく笑って言った。え、信じてくれた……?とお琴は驚いてしまい、何も言えなくなってしまった。
「卯木、お琴を門の前まで見送っておくれ」
「はい」
清隆から言われ、卯木は頭を下げて返事をした。
「では私はこれで失礼」
清隆はそう言って、部屋を出ていった。卯木は清隆の足音が聞こえなくなったのを見計らい、
「行くわよ、娘」
と元の厳しい声でお琴に言ってきた。卯木はスッと立ち上がり、歩き始める。
「は、はい!」
お琴は慌てて、卯木の後をついて行った。
「小人のことは他言しないように」
屋敷を出たお琴に、卯木が最後の念押しをしてきた。
「い、言いませんよ!言ってもどうせ誰も信じませんし……」
「では、気をつけてお帰りなさい」
卯木はそう言って、門を閉めた。目の前で門を閉められ、お琴はあまりいい気分ではなかったが、
「……早く帰ろっと」
それ以上に椿屋敷から離れたかったので、急いで家へ向かった。