冷たい夕食
「お琴。夕食できたわよ」
お初がお琴の部屋に入って、夕食ができたことを告げた。
お琴はお母さんが来たら、気まずいと思っていたのだが、志げ乃もそう思っていたのだろう。だから、お初が声を掛けに来たのだ。
「早く来てね」
お初はそう言うと、ピシャリと障子を閉めた。あの言い方と障子の閉め方は、おそらくお母さんから私に対しての愚痴を聞かされたのだろうとお琴は思った。お琴はスッと立ち上がり、夕食を食べに向かった。
朝と同じようにコの字型に揃えられた5つの膳。もうお初と志げ乃は座っていたので、お琴も1番下座に座った。夕食は米に粟が混ざった雑穀米と葉物のみそ汁と焼いたイワシが膳の上に置かれていた。
「じゃあ、今度は私がお父さんと信貞さんを呼んできますね」
志げ乃はお初に向かって言うと、立ち上がって店の方へ行ってしまった。
「お琴。何、母さんを怒らせているのよ。ただでさえ、あんたがおじい様の遺品を渡さないってだけで怒っているのに……」
お初はお琴に声をひそめて話しかける。やはり志げ乃はお初に愚痴を言っていたようだ。お琴の直感は残念ながら当たっていた。だけど、わざわざ言わなくても……とお琴は思った。
「……やっぱり皆、おじい様の指南書が欲しいんだね」
お琴は悪気ないお初の発言に半ば呆れながら、自分の気持ちを伝えた。
「それはそうでしょう。品物の真贋が分かれば、ウチは得するし、赤字になることは少なくなるからね」
お初はなぜ当たり前なことを尋ねるのだろうという表情だ。お琴は改めて同じ親から生まれた姉妹でも育てられた環境の違いを感じた。言いたいことはたくさんあるが、お琴は深呼吸して言葉を飲み込んだ。
「何やっているの?」
というお初の声と同時に、障子の開く音が聞こえた。
「待たせたな。さぁ、食べよう」
万吉は姉妹のただならぬ雰囲気を全く感じず、膳の上に載っている夕食を見て嬉しそうに言った。お琴は偶然でも止めてくれた父に感謝したが、姉と母に対してあまりいい思いを持つことができなかった。志げ乃とお琴も同じのようである。2人とも目に力が入って、目つきが鋭くなっている。万吉、信貞、志げ乃は席についた。志げ乃が座った瞬間、志げ乃、お初、お琴の間には冷たい空気が流れた。
「いただきます」
皆で手を合わせて挨拶をし、夕食を食べ始めた。しんとした中で家族みんなで食べていると万吉が、
「あ、お琴。椿屋敷での奉公はどうだった?」
よりにもよってお琴に話題を振ってきた。お琴は一瞬固まるが、椿屋敷のことを考えられると思い、笑顔で答えようとした。
「あ、椿屋敷の奉公はね、とてもやさ……」
「あなた。そろそろ商人頭に税を収める時期ですね」
しかし、お琴の話は志げ乃の一言で打ち消されてしまった。万吉は女3人の冷たい雰囲気にようやく気づいたようだ。志げ乃に話を振らなければいけなかなったか……というような顔で、万吉は志げ乃を見た。
「そ、そうだな……。もうそんな時期か……。商人は大変だ。朝から晩まで金について考えなきゃならないからな……」
万吉の返答がぎこちない。より一層、部屋の雰囲気が冷たくなったのを今度は家族全員が感じた。お琴は早く食べて、自分の部屋に戻ろうと思い、急いでご飯をかき込んだ。食べている間は椿屋敷について考えよう……と、お琴は必死で椿屋敷のことを考えた。すると、
「商人頭もしっかり税を取っていくから、困りますよね……」
信貞が少しでも雰囲気を良くしようと声を発した。気を利かせたつもりなのだろうが、全く意味がない。冷たい雰囲気がより深まってしまった上に、お琴の考えの中に、商人頭のことが入ってきてしまった。
……商人頭って商人達が集住している所で税を集める仕事をしているんだっけ……って、違う違う!椿屋敷や郷士様のことを考えなきゃ!……えっと。確か、この国の郷士様は私達商人じゃなくて、農民から税を集める仕事があるんだよね……。あれ?でも、私達の住んでいる所は荒れ地はあっても農地はないよね……?……近隣には農地があるけど、そこには別の郷士様がいるし……。郷士様の仕事はこの地ではできないよね……。じゃあ、椿屋敷の郷士様は何でこの場所に住んでいるんだろう……?と、お琴は疑問を持った。何でだろう……と徐々に気になってくると同時に、お琴の箸の進み方が早くなってきた。お琴は自分の膳を確認する。ほぼ全て食べ終えている。質問をして、気まずくなったら「ごちそうさま」と言って、素早く出ていけばいいか……とお琴は考えた。そして、
「……ねぇ、お父さん。私達の住んでいる所に税を集める商人頭がいるのに、なんで同じ税を集める仕事をする郷士様もいるの?ごめんなさい。私、気になってつい……」
今度はお琴が言葉を発した。冷たい雰囲気の中、よく発言したなという表情で万吉と信貞がお琴を見た。志げ乃とお初はまるで聞こえなかったかのように、変わらずご飯を食べている。質問なので無視するわけにはいかないと万吉は判断したのか、小さくため息をついた。
「……椿屋敷の郷士様は他の郷士様と違って、商売でいざこざが起こりやすいこの地を守る為にいるんだ。だから、商人頭がいる場所に郷士様がいても何にもおかしいことはない。分かったか?」
「分かりました。ありがとうございます」
万吉の答えにお琴は納得したが、この部屋の冷たい雰囲気に耐えられそうになかった。
「では、お先に失礼します。ごちそうさまでした」
挨拶をして立ち上がり、食べ終えた自分の膳を持って部屋から出ていった。




