帰り道
「お琴。これが卯木の息子の真成だ。年は私のひとつ上の19になる。真成。申し訳ないが、お琴がふらついていて1人で帰るのは危ないから、お琴を家まで送ってくれないか」
清隆が畑仕事を終える頃、真成という人が椿屋敷に入ってきた。真成は一重だが、黒目が大きいので小動物のような印象をお琴に与えた。月代を剃って髷を結っているが、実年齢より若く見えるのはこの小動物顔のせいだろう。山吹色の直垂を着ていたので、余計に秋の野うさぎに似ていた。直垂とは素襖の足の部分が引きずらないようになっているだけで、ほぼ素襖に似ている着物である。
「初めまして。真成と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
真成はお琴に向かって一礼をした。渋い声だが、顔が可愛らしいのでお琴は怖がらずに返礼することができた。
「では、お琴。一緒に家まで行きましょう。しっかり歩けないのであれば、俺の腕に捕まって下さい」
真成は右腕をお琴の前に差し出してきた。お琴は一瞬びっくりしたが、掴んだ方がいいのかなと思えるくらい真成は気にしていないようである。
「一緒に歩くだけでいいんだ。嫁入り前の女子で人目もあるし……」
清隆がやんわりと真成の申し出を断った。真成はあ、そうかという表情をして右腕を下ろした。
「失礼した。それでは行きましょう」
「よ、よろしくお願いします」
横に並んで、真成とお琴は歩きだした。
椿屋敷はお琴の家がある商人達が集住しているところから少し離れた場所にある。荒れ地に挟まれた10分もかからない一本道なので、本当は短い距離だが、今のお琴には長い道のりに感じる。お琴は年頃の男子と歩くのは皆無に等しいので、ドキドキしながら真成の横を歩いていた。
「俺の母の元で働くのは大変ですよね。大丈夫ですか?」
お琴の歩幅に合わせて歩いている真成が質問をしてきた。
「卯木様ですか?言い方は厳しいかもしれませんが、私を気遣って下さる優しい方です。私の亡くなった祖父に似ていて親近感を持っています」
「そうですか……。それなら安心しました。無理せずやることが大事ですよ」
卯木の優しさは確実に子にも伝わっているなぁとお琴は思った。
「ありがとうございま……あ」
お琴は足がもたついて前のめりになってしまった。その瞬間、真成が左腕でお琴を支えた。お琴は真成に寄りかかる形になってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……。すみません……」
「ケガがなくて良かった」
お琴はゆっくりと真成から離れた。真成はホッとした様子だが、お琴はドキドキが最高潮になってしまった。
「お琴。大丈夫ですか?やっぱり何か捕まっていた方がいいですよ。俺の腕だと人目について嫌なら、裾を持って下さい」
真成は左腕の裾をお琴に差し出した。お琴はもう断りづらいし、裾なら……と思って、右手で真成の直垂の裾を持った。
「じゃあ、俺が前を歩くので、裾を持ったまま後ろに付いてきて下さい。では、歩きながら家までの道を教えて下さい」
「は、はい。分かりました……」
お琴は少し顔を赤らめながら直垂の裾を持って、真成の後ろを歩いていった。




