掃除おわり
すずめ達に餌やりを終えた清隆は、今度は庭の畑で堆肥作りをしている。先ほど卯木が撒いたかまどの灰を鍬を使って畑の土に混ぜているのだ。清隆は心なしか嬉しそうに見える。そんな清隆をお琴は体力があって羨ましい……という思いで一瞬見た。お琴はフラフラになりながら縁側磨きをしていたので、正直体力の限界だった。あともう少しで三の間前の縁側が終わる。そうしたら縁側磨きは終わりとお琴は自分を奮い立たせて、縁側磨きを続けていた。
「お琴。今日は縁側磨きが終わったらお帰りなさい」
とお琴の様子を見ていた卯木が指示を出した。お琴はそんな素振りを見せたつもりはなかったので、卯木の言葉にびっくりして一瞬固まってしまった。
「どうしました?」
「……あ、すみません!でも、夕食作りがありますよね?私、大丈夫です」
お琴はひざ立ちをして、隣で縁側を磨いていた卯木を見つめる。しかし、お琴の視線に気づいた卯木は眉間にしわを寄せ、口をへの字に結んでお琴を見つめ返す。怖い……と思ったお琴は卯木の表情を見たら、嘘を突き通す自信が無くなってきた。
「……申し訳ありません。体力がなくて……」
「お琴。申し訳ありません、ではありません。この場合は「ありがとうございます」と言いなさい。「どんな者に対しても挨拶と礼をするように」が榛名家の家訓です。覚えておきなさい。お前に謝って欲しくて、私は声を掛けた訳ではありません」
卯木は先ほどの清隆と同じことを言った。お琴は申し訳ないという気持ちでいっぱいだったのだが、そう言ってもらえてありがたいという気持ちの方が強くなった。
「卯木様、ありがとうございます。……縁側磨きが終わったら、お言葉に甘えさせていただきます。しっかり今日は休んで明日に備えたいと思います」
お琴は卯木に向かって、深々と頭を下げた。
「無理は禁物ですからね。体調管理も奉公人の仕事の1つです」
そう言って、卯木は先に三の間前の縁側を磨き終えると、本来お琴がやるべき三の間前の縁側を磨き始めた。お琴は自分を早く帰らせるためにやってくれているとすぐに分かった。それこそ申し訳ないと思い、お琴は今の自分の精いっぱいの早さで縁側磨きをする。
「……ふぅ。これで縁側磨きは終わりましたね。お琴、片付けますよ」
卯木は立ち上がり、一の間前の縁側の隅に置いてある桶へ向かっていった。
「は、はい!」
お琴も立ち上がったが、一瞬立ちくらみをしてしまう。しかし、今度は踏ん張って何とか桶へと向かった。
「卯木様。手伝って下さり、ありがとうございました……」
桶の水で雑巾をすすぐ卯木に、お琴は礼を言った。
「お前は律義な娘ですね。仕事の先輩として当然のことをしただけなのですからいいのですよ」
卯木は立ち上がり、お琴に雑巾をすすぐ場所を譲った。お琴は一礼をして、雑巾をすすぐ。
「では私が片付けをやりますので、お琴は手を洗ったら清隆様に帰ることを伝えてきなさい」
卯木はお琴が雑巾をすすぎ終えたのを確認すると、お琴から雑巾をもらい、桶を持ち上げた。
「あ、ありがとうございます……」
お琴は頭を下げ、卯木の言葉に甘えて手を洗いに向かった。
「清隆様。今日はありがとうございました。今日はこれで帰ります」
お琴はまだ外で畑仕事をしている清隆に向かって、あいさつをした。清隆はお琴の声に気づくと、畑からお琴へ視線を移した。清隆の流し目に一瞬お琴はドキッとしたが、慌てて頭を下げてごまかした。
「あぁ。ご苦労だった。今日はゆっくり休みなさい」
清隆は優しく微笑み、
「様子を遠目で見ていたが、ふらついていたな。1人で帰れるのか?」
とお琴を気遣った。
「だ、大丈夫です。すぐ近くですし……」
「もうじき、乳兄弟の真成が帰ってくるから、真成に送らせよう」
お琴の断りを無視して、清隆は決めてしまった。乳兄弟ということは卯木の息子なのだろう。真成という人の仕事を増やすことをお琴はしたくなかった。しかし清隆は、
「奉公人のことを気にかけるのは当然のことなのだから気にするな」
の一点張りで変えることはなかった。
「ありがとうございます……」
お琴は迷惑をかけてしまい、清隆にも卯木にも真成という人にも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。