縁側磨き
意外に長い縁側を木の淵に沿ってお琴は磨き始めた。「縁側は色んな者が通るので、拭くというより磨くように」と卯木から言われたのだ。縁側は深い茶色の木の板だが、よく見ると汚れは浮き出ているのが分かる。 汚れが一直線に続いているので、何の汚れなのかな……とお琴はじっくり汚れの正体を探ってみた。
「あれ?この汚れ、肉球だ。ということは動物の足跡だわ。なんで動物の足跡が……?」
お琴は原因を考えていると、
「こら、お前達。仲良くお食べ」
と庭から声が聞こえた。お琴が庭を見ると、清隆がお昼の残飯をすずめ達に向かって撒いていた。すずめ達はチュンチュン鳴きながら、清隆が撒く餌を喜んで食べている。人間の傍で餌を食べることができるということは、清隆から餌をもらうことに慣れている証拠だ。
「あぁ……。あのすずめ達を狙って犬やキツネが縁側に上がってくるのね」
お琴は1人で納得して、縁側の掃除を始めた。汚れているところは一点突破の気持ちでゴシゴシ雑巾でこすっていく。
「お琴。ただ今戻りました。風呂敷を片付けにいきますので、その後一緒に縁側を磨きましょう」
卯木が帰ってきて、お琴に声を掛けてきた。
「おかえりなさいませ」
「あ、こらっ!清隆様っ!また勝手に土間に行って、残飯を持ってきたのですね!餌やりは私がやると言っているのに!今すぐ止めて下さいな!」
お琴は返事をしたが、残念ながら卯木の耳には届かなかった。卯木はにこやかにすずめ達に餌をあげている清隆を見つけ、厳しい口調でたしなめた。
「この子達は私の友だから、私が餌をあげるのは友として当然のことだろう?」
清隆は飄々と言って、すずめ達を見ている。
「……乳母の私を大人になっても困らせるのは清隆様だけですよ。土間に行ったということは、自分の膳も片付けてしまったのですね……。武家の男子は土間に入るべからずなのに……」
「餌を取りに行くついでに、膳を運んだだけだ。そう怒るな」
どこまでも穏やかな口調で言う清隆に対して、卯木はため息をつき、
「……次はやめてくださいね。では、お琴。縁側を磨きましょう」
お琴の方を振り向き、たすきがけをした。あんな卯木の厳しい口調に対しても涼しげな顔を崩さない清隆にお琴は感心してしまった。さっきのような清隆の表情を見ることができたのは、ある意味すごいことなのかも……とお琴は思った。
お琴はすずめ達に餌やりをしている清隆を横目で見ながら、卯木と一緒に縁側磨きに力を注いだ。