綺麗な花 可愛い花
「お琴ちゃん。入っていいかしら?」
お琴が返事をしないうちに、お信が部屋の中に入ってきた。
お琴は肌小袖の上からお信から借りた小袖を着ているところだっだので、
「あ……」
と慌てて戸に背中を向ける。
「あ、ごめんなさいねっ」
お信は戸を閉めて、お琴に謝罪の意味を込めて肩をすくめた。
「大丈夫です。もう着ましたから」
帯を締めたお琴は、くるりと半回転してにっこり笑う。
自分では似合っているかどうか分からないし、自信がない。
しかしお信の顔色を見て、小袖に負けて顔が浮いているわけではなさそうだと思った。
「わぁぁぁ!とっても可愛い!まるでお花が咲いているかのよう」
花の周り飛び回る蝶のように、お信は色んな角度からお琴を見る。
そして見る度に満足げに頷く。
「自信を持って、灯籠揃を見に行けるわよ」
お信からの太鼓判にお琴はありがたいと思いながら、小さく頷いた。
そろそろ神社に行かねばならない刻が迫ってきている。
大人しく部屋で待っている清隆の心に焦りが出始めた。
一向に自分に声を掛ける気配がない。それが余計に焦りを加速させる。
「……何故、女は支度に時間が掛かるのだろう?」
恐らく永遠の謎に近い問いかけを自分にする。
女と言っても1人は男だという事に気付く。
下手をしたら、男の右忠の方が支度に時間が掛かる。
そろそろ宿を出なければならないと、一声掛けた方が良いかもしれない。
そう思って清隆は立ち上がり、部屋を出た。
瞬間。廊下に居たお琴を見つける。
いつもの可愛さに加え、華やかさが増したお琴に、目が釘付けになってしまう。
お琴も清隆に気が付いて、少し微笑んだ。
花が咲き咲く瞬間を見た時のような驚きと喜びが、清隆の心の中に生まれた。
思わず、息も言葉も飲み込んでしまった。
「清隆様。お待たせしました」
お琴の声がいつもより鈴の音のように聞こえる。
清隆に近付くお琴。
清隆は灯籠揃なんかに参加しないで、この花を独り占めしたい衝動に駆られたが、
「あ、右京様は……?」
何とか抑えて言葉を出した。
「え、私の後ろにいらっしゃいますが……」
お琴はきょとんした顔で答えた後、右にずれる。
そこには膨れっ面をした右忠が立っていた。
黒地に朱の華が描かれた小袖は、いつもの美しさ以上に艶やかさを右忠に纏わせている。
まるで大輪の華のようだ。
「私ももう準備出来ているわよ。こんな華に気付かないなんて……。この鈍感男」
ため息混じりに右忠が呆れた様子で清隆を見る。
「私は大輪の華よりも、小さくも可憐な花の方が好みなので」
しれっと清隆は右忠に言い返す。
えっと驚く表情のお琴に気が付かない振りをする清隆。
すると、
「美しい花々に比べたら、どうせ私は枯れ草ですよっと」
とお信がふて腐れた様子で右忠の後ろから出てきた。
「あ……」
右忠と清隆がなんと言って良いのか分からずに慌てふためくと、お信は、
「ぷっ!冗談ですよ、冗談。さ、早く灯籠揃にいってらっしゃい」
と言って、笑いながら3人の背中を押した。
安心した3人もつられて笑う。
「ありがとうございます、いってきます!」
清隆は爽やかな笑顔でお信に挨拶をすると、草履に履き替えた。
右忠もお琴もそれに続く。
そうして3人は灯籠揃が始まる神社へと向かっていった。