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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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緊張と安堵の波

神主は右忠と長助と共に村が管理している牢へと連れて行かれ、村人達はそれぞれの家へと帰っていった。

神の使いと信じている人々は、お琴を拝んでから神社を去っていった。

この村にずっと居て下さいと頼む人もいて、お琴は困惑を隠せない状態が続いた。

人がまばらになってきた頃、ようやく緊張が抜けてきた。

「……私はずっと神の使いでいなければいけないですか?」

肩の上にいる清隆にぼやく。

清隆は気まずそうな表情で頬を掻きながら見上げる。

こうして見ると、人間臭くて全然神様らしくないなと思う。

清隆は今は姿が見えないから良いが、自分はずっと見えているのだ。

神の使いらしく振る舞えと言われても困る。

「いや。もう普通にしていて大丈夫だろう。人とは不思議なもので、思い込みが強ければ強い程、違和感なくその者を思い込んだものに見てしまうのだ」

清隆の答えを聞いた途端、最後まで残っていた心のしこりがなくなった。

そうしたらふとお信と勇作の顔が思い浮かんだ。

「……清隆様。右京様が戻ってきたら、宿に帰りたいです。お信さん達の顔を見たくなってきました」

口に出して自分でも驚く。

戻りたいと思う場所があるなんて……。

祖父母の家以外にそう思える場所が増えた事をありがたく思う。

戻りたいけれど戻れない場所でなく、戻りたいと思って戻れる場所があるのは祖父母が亡くなってから初めてだ。

嬉しさと恐怖から逃れた安心感が一気に涙になって溢れ出た。

必死に拭うも、どんどん出てきて止まらない。

「だ、大丈夫かっ!?右忠様がここに戻って来る前に宿に戻っても良いぞっ」

お琴の涙に狼狽える清隆。どう声を掛けて良いのか分からず、あたふたしている。

「だ、大丈夫です。」

お琴は涙を拭って、清隆に笑いかける。

何か言いかけた清隆だったが、押し黙ってしまった。

お互いがお互いを気にかけた為に、出来てしまった気まずい雰囲気。

何と言えば良いのだろうと、お互いが言葉に迷っているその時、

「あら、待っていてくれてありがとう!」

と、鳥居の方から声が聞こえた。

右忠様の声だ!と、お琴は目を輝かせて声がした方を見る。

右忠と長助が並んで鳥居の下をくぐって、お琴達の元へ来た。

2人の姿を見て、ほっとしたお琴は胸に両手を当て、安堵の表情を浮かべる。

しかし、お琴を見た右忠は眉をひそめ、お琴の胸に当てた両手を優しく両手で包んだ。

一瞬焦ったお琴と清隆だが、右忠の両手の隙間から見えた手首を見て気付く。

縄で縛られた跡がしっかり残っていた。

「お琴。すぐに助けられなくて本当にごめんなさい」

声を絞り出すように右忠が呟く。

「え、あ、もう気にしな……」

「たとえ一晩でも閉じ込められるという恐ろしい事をさせてしまって……。本当に本当にごめんなさい。何度謝っても謝り足りないわ……」

右忠はお琴の手首を優しくなぞる。

右忠が無意識なのは充分承知なのだが、お琴は体に触られる事に対して意識してしまう。

「私は大丈夫ですので、気にしないで下さいっ」

右忠に謝れるのも困るが、これ以上心臓が持ちそうにない状況も困る。

「でも償いをしたいの。褒美は何が欲しい?」

「お気持ちだけで充分ですからっ」

「でも!」

右忠がお琴の方へと顔をずいっと近付ける。

もう恥ずかしいを通り越して、怒りに近い感情がお琴に湧き上がってきた。

「う、右京様。私を労ってくれるお気持ちがあるのなら、宿に戻らせて下さいっ」

お琴は悲鳴に近い声で、右忠の顔から目を背けながらお願いする。

お琴の言葉を聞いた右忠は暫く目を大きく見開いたまま、お琴をじっと見ていた。

しかしお琴から一歩ゆっくりと離れると、

「宿でゆっくり休む事をお琴が望むなら、そうしましょう」

と言って、優しく微笑んだ。

つられてお琴も口元が緩む。まだ右忠に包まれている両手が熱い。

「あ、長助様はこの後どうなさるのですか?」

右忠は振り向き、後ろの長助に尋ねた。

長助は一瞬びくっと体を震わせたが、

「私は夕方に行う灯籠揃の灯籠を一軒一軒に配ろうと思います。まずは郷士として、一人一人と向き合おうと思います」

と穏やかな笑みを向けて言った。

長助の笑みからお琴は竹のようなしなやかな強さを垣間見た気がした。

「お琴様、右京様。村を巻き込む事件の解決に御尽力下さり、真にありがとうございました」

長助は深々と頭を下げた。

右忠はお琴から手を離し、長助の方へ体を向ける。

お琴は小さく安堵のため息をついた。

「頭を上げて下さいませ。長助殿が本当に感謝しなければならぬのは、神様でしょう?」

右忠は含みを込めた笑みを浮かべる。

それを聞いたお琴、そして清隆も静かに笑う。

はっと気がついた長助は、

「そ、そうですね。感謝の意をしっかりと灯籠揃では表さないと。あ、そうだ。是非、灯籠揃もご覧下さい。あなた方はこの村の恩人方。一席設けさせて下さい」

と満面の笑みで言った。

「いえ、そんな……。灯籠揃は見せて頂きますが、一席は結構で……」

「そう仰らず!それでは私含め村人達は納得しませんので!」

長助の提案に慌てて固辞する右忠を長助はぐいぐい説き伏せる。

何度か2人の攻防は続いたが、結局、

「……分かりました。では、灯籠揃の時に神社に来れば宜しいのですね」

右忠が折れる事になった。

長助神社で別れたお琴達は、灯籠揃が始まる夕刻まで宿で休む事にした。

お琴は疲れているが、お信と勇作に早く会いたくて、足早に神社から立ち去った。


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