真相
「周助と私は旧知の仲でした。私に悩みを打ち明ける位、周助は私の事を信用してくれていました」
寿言の告白に驚きを隠せない村人達。
「神主側と郷士側の人間の仲が良いなんて……」
ひそひそ話の中から聞こえた言葉はお琴の胸を締め付けた。
「周助は兄である長助殿ではなく、自分が郷士になった方が良いと思っている者達の存在に悩んでいました。周助は長助殿と対立ではなく、長助殿に協力して村や村人達を支えたいと思っていたのです」
「そんな馬鹿な!いずれ郷士になりたいと手紙に書いていたではないか!その手紙を俺に読んでくれたのは、お前だろう」
寿言の言葉にすぐ反応する村人。その言葉に続いて頷く複数の者達。
この人達は周助派で親神主派のだろうとお琴はすぐに分かった。
「騙して申し訳ありません。文字が読めないあなた達に嘘の内容を教えていました」
「どういう事だ!きちんと説明しろ!」
「……手紙には……」
「やめろ!」
寿言の言葉遮るように怒鳴り声を上げる神主。
一瞬皆の視線が神主に向かうが、
「黙っていましょうねぇ。そんなに騒ぐと見苦しいわよぉ」
右忠が冷ややかな笑みを浮かべて、神主の口を左手で塞いだ。
その光景を見た村人達は怖くなり目を反らすと、寿言の方へ顔を向ける。
「その手紙は私の使いが持っている。さ、手紙を読み上げてくれ」
「わ、分かりました」
清隆に言われ、お琴は熊から受け取った手紙を静かに開けた。
村人達の関心が一気に自分に向かっている事に緊張しながらも、お琴は手紙の一字一句を丁寧に読もうと心に決めた。
「一筆啓上仕奉候。兄上に最初に出す手紙は丁寧なものにしようと思い、この出だしの一文を上手く書けずに毎日言っていたら、傍にいるホオジロの鳴き声がより一層この言葉に聞こえてきた今日この頃。やっと次の文に書き進める事が出来そうです。端的に言います。突然居なくなってしまって申し訳ありません。ですが、これは自分で決めて行った事なので、どうか心配しないで下さい。父亡き後、私の傍に兄上でなく私の方が郷士に相応しいと言う者達が現れるようになりました。しかし、私は郷士になるつもりは毛頭ありませんし、兄上以上に適任者はいないと思っています。願わくは父の時のように兄上を支えたいが、共にいる事で誤解を招いてしまうのであれば、私は違う立場から村に尽くしたいと考えるようになりました。そして考えて考え抜いた結果、私は神に仕える者として村に尽くしたいという自分の気持ちに気付いたのです。多くの村人達が神社に来ては悩みや話をしてすっきりした表情で帰っていく姿を見た時、私はこのように村人達に寄り添いたいと思いました。なので、神社に仕える者になる為に、この村でない神社で修行して参ります。最初からこの村の神社で修行を行えば、また根も葉もない噂を立てられ、兄上の立場を脅かし兼ねない。それは私の願いに反するので、村を一旦出ます。本当は直接兄上にお話ししなければならぬのですが、慣れぬ郷士の仕事に村人達からの重圧や心ない言葉で心労が極限にきている兄上に話す事が出来ませんでした。本当に申し訳ありません。いずれこの村に帰ってきて、神に仕える者として兄上と共に村に尽くそうと思います。それまで互いを高め合う事が今の最善であると信じて、修行に出ます」
手紙を読み終えたお琴が顔を上げると、皆信じられないという表情でお琴を見つめていた。
「これが周助がいなくなった本当の理由です。周助は神に仕える者になる修行をする為にこの村を出ていったのです」
寿言が大声で言うと、村人達はざわめき始めた。
「なら、何故嘘の内容を俺達に教えたのだ?」
その言葉に多くの村人達が頷く。
お琴はちらりと神主を見る。
神主は奥歯で苦虫を噛み潰したような表情で寿言を見ていた。
「……それは、神主様が企てた計画のせいです」
「えぇ!?」
「ど、どういう事だ?」
どよめく山車の周りにいる村人達。
「……私はその手紙を周助から長助殿に渡すよう託されました」
寿言は苦しそうに言葉を出す。
「読んではいけないと思いつつも、私はその手紙を読んでしまったのです。そして周助がこの村の神社に仕える気持ちでいると知った時、そうなったら美寿々様はきっと私ではなく、周助を頼ってしまうだろうと思い始めました。そうなったら困ると、私の心は不安に襲われたのです」
寿言の言葉に沈黙で返す村人達。
「そんな不安で毎日過ごしていたところ、神主様に尋ねられました。「悩みがあるなら聞くぞ」と。そこで私は胸の内を打ち明けました。そうしたら、神主様に言われたのです。「それは困る。周助殿がこの神社に仕え、神主になってしまったら、郷士側に村長の権力が集中してしまう」と。そして「お前は居場所、私は神社の村長の権力を守る為に一計を考えねば」と」
神社の中を風が通り過ぎた。木の葉が村人達の代わりにざわめく。
「そして、神主様は周助がいない今が村長の権力を神社一点にする好機だと思い付いたのです。周助派を神社側に取り込み、郷士である長助殿を孤立させ、郷士としての信用を失くせば、村長の権力を神社のみに出来ると思った神主様は、今回の企てを私に話してくれました。周助派の村人達は文字が読めない事を利用して、本物の周助からの手紙を見せて、周助は郷士になりたいが、長助殿に妬まれ、命の危険を感じた為にこの村を出ると書いてあると嘘の内容を吹き込み、周助派をこちらの味方につける事、そして周助がいなくなった理由を長助殿のせいだと吹聴し、長助殿を孤立させて、この豊穣祭の灯籠揃を失敗させる事を目論んでいました。灯籠揃は郷士としての力を見せる場面であり、失敗は有り得てはならない事ですから、逆に郷士の信用を一気に失わせる願ってもない好機だと考えました。だから準備の時から邪魔をしていました……。神社だけが村長の権力を持てば、周助がこの村に戻ってきてもこの神社での修行は神主様の権限によって叶わず、私は居場所を奪われずに済むと本気で考えていました。……あの時までは」
お琴はわざと壊された灯籠を思い出す。
村長の権力の為に、あんな非道な仕打ちをされていた長助を切なく思った。
「俺は神主様から周助様が命の危険を感じたから逃げるって教えて貰ったが……」
「それは嘘だったという事か……」
思い当たる節がある何人かの村人は口々に呟く。
「しかし、もっと恐ろしい企てを神主様は考えていたのです。……周助を語った手紙を使って、長助殿を今日の夕方に呼び出し、殺そうとしていたのです。そしてそう遅くない時期に周助も……」
聞いた瞬間、お琴は全身に悪寒が走った。偽物と判断した周助の手紙を思い出す。あの長助宛の呼び出しの手紙。そんな恐ろしい意図が込められた物だったなんて。
「周助を殺した罪を長助殿になすりつけ、周助を殺した罪悪感に耐えきれずに自死したと見せかけて殺すつもりだったのです。……それを私が知ったのは一昨日でした。私は人殺しになりたくないという思いと居場所を失いたくない思いの狭間で揺れ動いていました。ですが、神様に助けて頂き、自分は真相を話す事が1番やるべき事だと気付き、今話している次第でございます」
さっきまで右忠に抵抗していた神主が力無く項垂れた。
この態度は寿言が嘘偽り無く話している証だとお琴は直感した。
そう感じたのはお琴だけではなかった。
神主を見る村人達の目が恐ろしいものや軽蔑を込めたものに変わった。
「神主様。私は神主様に恩を感じておりますが、神に仕える身として、これ以上神様に不敬を働きたくありませんっ……」
寿言は力無く膝を崩し、その場に座った。
神主はただ呆然と何も言えず、寿言の様子を見ているだけだった。
「よく勇気を出して真実を話してくれた。感謝致す。お前のその行動、私はしかと見届けた。私に対する不敬を許そう」
清隆の神々しく聞こえる声に、「ありがとうございます」と震えながら頭を地面につける寿言。
その様子を見ていた村人達は、
「神様は周助様がいなくなった本当の理由と神主様の悪事を俺達にも教える為に現れたのか……」
「神様はこの村の危機を救って下さったのだ!」
と口々に言った。




