一方の右忠は……
寿言と共にお琴が納屋に閉じ込められた頃、別の場所では……。
「巻き込んで悪いけど、とにかく山の中で隠れられる場所の案内をお願い!」
北の山の山中で気崩れた着物を直しながら右忠は、後ろに付いてきている長助に声を掛ける。
何度も汗を袖で拭いている為、化粧が落ちているがそんな事には構っていられない。
「山の中腹に大人3人ほど隠れられる岩と木で出来た洞があります。洞の上に木が生えていて少々目立ちますが、とりあえずそこへ」
長助は右忠の前に行き、草木を踏んで道を作って進んでくれる。
山道にあまり慣れていない右忠にとってはありがたいが、追手に進んでいる道がばれてしまうのではないかと不安を覚える。
今の事態を把握して、清隆と合流し、お琴を助けなければ……。追手が来たらその時に対処すれば良い。洞を目指す右忠の顔は元の男の顔だった。
俺が分かっている事をまず整理しなければ……。
右忠は昨日の夕方からの出来事を思い出す。
神主と話をしていた時に外が騒がしい事に気が付いて、神主が様子を見に外に出ていったから、俺も後から付いていったら……。
右忠は衝撃的な現場を思い出す。
ホオジロに手紙を持っていくように言うお琴と、手紙をくわえて飛び去る1羽の鳥。
どういう経緯でそうなったのかは分からないが、清隆が本物の手紙を手に入れた事はすぐに分かった。しかし、その代わりにお琴が捕まってしまった事も……。
自分が女のなりで男2人と取っ組み合うのは厳しいし、戦って自分の立場を万一知られてしまったらまずいと思い、その場から逃げる事を優先にしてしまった。
手紙奪還の共犯と知った神主は、俺を全力で探し、どこまで郷士の弟行方不明の真相を知っているか吐かせたいはずだ。その時にお琴の命を引き換えに取り引きする可能性があるから、俺が行方知れずでいるのと、手紙がこちら側にある限り、お琴の命は保障されるはずだ。
ちらりと長助の背中を見つめる。
俺も手紙も見つからないとなり、焦った神主が強行手段で長助に危害を加えるといけないと思い、ろくに説明せずに連れ出してしまったが……。
よく自分に付いてきていると右忠は改めて思う。
神社を出てすぐに長助の所に来た右忠が発した言葉は「私と一緒に逃げてっ。手紙を持ってすぐに」だった。
長助はきっと自分の家に来た右忠の尋常でない焦り方を見て、何かを察してくれたのだろう。
静かに頷くと、手紙を持ってすぐに家から出ていった。
長助の家と右忠達が泊まっていた宿に新神主派達が現れたのはその後だった。
間一髪のところですれ違った2人は身を隠せる場所として、一晩北の山の麓で過ごし、今朝もう少し身を隠せる場所を求めて山を登っているのだ。
「あと少しで洞に着きます」
長助が爽やかな笑顔を右忠に向ける。
右忠は色んな人に申し訳なく思い、胸の辺りが重くなった。
「……ありがとう。ろくに説明もしない私を信じてくれて」
「だってお琴さんの主人ではありませんか。それだけで十分信じるに値する人です。また周助絡みという事は何となく分かっています。また落ち着いたら教えて下さい」
長助は額から滲み出た汗を拭くと、目の前にある周りの木より一回り背の高い木を指差した。
洞は山の斜面と一体化した複数の岩が作った穴だった。岩が飛び出ている所に生えた木が周りの木より高くなっているように見えるだけだった。
「あの木の下が洞です。そこで一旦休みま……」
長助が突然言葉をつぐんだ。耳を澄まし、山の上を見上げる。
すると草や枝を踏み倒し、地面を駆ける音が上から聞こえてきた。
右忠は一瞬追っ手が来たのかと疑った。しかし追っ手なら下から音が聞こえるはずだ。
「……冬眠前の熊かもしれない。洞に隠れましょう」
長助は右忠を洞の中へ入るよう促す。
右忠が中に入ると、長助は周りを見回しながら続いて入った。
どんどん音が近付いてくる。自然と2人は息を潜めて様子を窺う。
「……1頭だけの足音ではないな」
長助の小さい声に、右忠は小さく頷く。
するとその時、小さな鳥が洞の右横を低空飛行で通り過ぎた。
あっと思った瞬間、続けて狸、狐、兎、鹿、熊が2、3頭ずつまとまって鳥を追いかけていった。
2人は思わず目が点になって、互いを見やる。
「な、何が起こったの?」
りす、ねずみが10匹ほど集団で下りていくのを見て、右忠はますます疑問に思う。
おそらく先程の動物達を追いかけているのだと判断するが、動物達は何の為に山を下りているのか分からない。
「……あの勢いだと村に行きそうですね。村の米蔵を襲う気か……?」
長助の呟きを聞いた右忠ははっと気が付く。
動物達の不自然な行動。様々な種類の動物が同じ目的で動くのは皆無に等しいが、それをできる者がいることを自分は知っている。先頭が鳥だった。一瞬だったからはっきりとは分からないが、あの鳥はホオジロかもしれない。あの鳥に乗っているのは……。
頭の中で考えがまとまっていくと、いてもたってもいられず思わず立ち上がる。
「な、何をっ!まだ状況が分からないのに、動くとは愚策です!」
長助に手を掴まれ、動くのを一旦止める右忠。
「もしかしたら、あの動物達は私達を助けてくれるかもしれない。動物達の後を追いかけた方がいいわ!振り回してごめんなさい。でも信じて」
右忠の曇りなき眼を見つめ返すと、長助は静かに頷いた。
「……何がなんだか分からないですが、あなた方を信じていきます」
右忠と長助は洞を出ると、動物達の後を追っていった。




