諦めない
賑やかになってきた外の音が納屋の隙間から聞こえてきた。
握り飯を食べ終えたお琴は、動かせる足を使って納屋からどう脱出しようか考えている。
「足で力一杯戸を蹴ってみようかな……」
立ち上がると納屋の戸の前に立ってみる。
そこまで厚くない木の戸。明るくなってきた納屋を見回すと、全体的にそれほど丈夫な木で作られていない事が分かった。
「蹴っても私の力じゃ納屋が少し揺れる位かしらね……」
納屋が揺れても、外の人達はそれほど気にしないだろう。むしろ神主側の人間だけに脱出を試みていると主張することになり、自分の身が危なくなる可能性が高い。
うぅんと唸りながらどうしようか考えていると、後ろから「バタンッ、ギィィィ」とものすごい大きな音がした。
びっくりして後ろを振り向くと、寿言が手足を縛られた状態で転んできた。戸の前には神主が立っている。
後ろにも戸があった事より、寿言の状態に驚いたお琴は慌てて傍に駆け寄る。
寿言のこの姿は諌言に失敗したという意味だとすぐに理解したが、あまりにも酷い。
寿言は顔が腫れており、額にはこぶが出来ていた。
神主は早足でお琴の所に来るとお琴の髪を引っ張り、
「お前は何と甘言を囁いたのだ?寿言をたらしこむとは神の使いは恐ろしいものだな」
と侮蔑の言葉を吐いた。神主はそのままお琴を下に叩きつけると、お琴の髪を掴んだ手を袖で拭いた。
お琴は痛いし怖くて泣きそうになったが、負けてたまるかと涙を堪える。
「お前が言葉を発することが出来ないようにしなければな」
神主は袖の下から縄を取り出すと、お琴の口元に持ってきた。
「あ、あなたには必ず神罰が下るわ!……ぐっ!」
「おっと、手が滑って縄が首の方へ行ってしまった。今日が豊穣祭で良かったな。殺生してはならぬ日だからな」
ゴホゴホ咳き込むお琴に、べたぁとくっつくような笑いを見せる神主。
お琴の咳が落ち着くと、神主は縄でお琴の口を塞いだ。
神主の行動に衝撃を受けた寿言はお琴に近寄ろうとするが、お琴は首を横に振って制止させる。
「ははっ。首を振ったって縄は取れない」
寿言に背を向けている神主は、お琴と寿言のやり取りに気が付いていない。
神主が勘違いしていて助かったとお琴は思う。
「ここで神に救いを乞いているが良い。神が本当にいるのなら助けてくれるはずだろう」
高笑いしながら神主は納屋の裏口から出ていった。
寿言は苦しみながら痛みに耐えている。
そんな寿言にお琴は声を掛けられないのが心苦しい。
手足の自由を奪われ、痛い思いをしても、神主の暴言を悔しく思っても、絶対泣くもんか。必ず清隆様は助けにくれるとお琴は信じながら、納屋の隙間から見える日の光を見つめていた。




