昼食作り
「お琴……。お前は料理が得意ではないのね」
輪切りを頼んだきゅうりが全てつながっているのを卯木は持ち上げて確認した。一の間から合の間まで拭き掃除を終えたお琴は、今は昼食の準備をするため土間にいる。
「どれか1つくらいきちんと切れているのがあるかと思ったが……。まず、切る姿勢からですね。まず拳ひとつ分まな板から離れなさい。そして、右足を斜め後ろに置く。足の幅は肩幅と同じくらいにして立ちなさい」
卯木はお琴の体を動かしながら、説明をする。
「これで包丁を持つ手は真っ直ぐになりますよ。次に包丁の包丁の持ち方ですね。中指をアゴの下のくぼみに巻きつけて、小指までしっかりと柄を握り込みなさい。そして真下に包丁を落とす」
卯木は手を添えて、お琴と一緒にきゅうりを切り直す。最初は緊張したが、徐々にお琴は慣れてきた。お琴はやり方が分かってきたなぁ……と思うと同時に、卯木の力がゆっくり抜かれていくのが分かった。
「そう。その調子で切りなさい」
卯木はそう言って、お琴から離れた。
「では、お琴には香の物を切ってもらいます。私は米を炊いて、その間に汁物と煮物の具を切っていますので、終わったら声を掛けなさい」
卯木はお琴にたくわんを2本渡した後、自分の仕事に取り掛かった。てきぱきと炊事をする卯木の姿はお琴にすごい……!という感嘆を与えた。しかし、卯木の手際の良さをまじまじと見ていたお琴はある事に気がついた。
「あれ?清隆様は肉や魚は召し上がらないのですか」
卯木は野菜を切っているだけで、肉や魚を一向に用意していない。武士とはいえ、郷士は普段は農業に従事しているので肉や魚がないと物足りないのではないかとお琴は思ったのだ。
「清隆様はあまり体臭が出る食材を仕事柄好まないので、用意しないのです。夜は多少食べるのですがね……。それよりも切ることに集中なさい!」
卯木は清隆については優しい口調で言っていたが、お琴に対しては厳しい口調だった。
「すみませんっ!」
お琴は再びたくわんを切ることに集中した。
お琴は今のところ料理が椿屋敷の奉公の中で1番大変かも……と思いながら、たくわんを切っていた。
料理もひと段落つき、あとは盛り付けのみとなった。卯木が清隆の膳に盛り付け終えた香の物、煮物、味噌汁、米を載せていく。
「残ったものは?」
お琴が鍋の中に残っている料理を指さすと、
「残りは私達のお昼です。私達は土間の隅でお昼を頂きますからね。私が清隆様の所へ膳を運んでいる間に私達の分を盛り付けておきなさい」
卯木はそう言って膳を持ち上げ、清隆の所へ行ってしまった。
お琴はとりあえず卯木に言われた通りに、料理を茶碗に盛り付けて卯木が来るのを待った。