神主の家の前
「神社の山車だぁ……」
お琴は神社の鳥居をくぐると、目に入った山車の豪華さに見とれて立ち止まる。
山車は五穀豊穣を示す米俵を中心に、縁起物とされる松葉や初穂で飾られていた。
沈みゆく夕日に照らされて、初穂が金色に輝いている。
お琴は山車が光っていて眩しいと思い、目を細める。
清隆は軽く咳払いをした後、静かに目を閉じて耳を澄ませた。
お琴は清隆の咳払いで意識を戻すと、今はそれどころではないと気づいた。右忠の所在の確認も兼ねて神社の中へと進もうとする。すると、
「神主の家の方から、右京様の声が聞こえる。恐らく神主と話しているのだろう。今が好機かもしれない。ちょっと先に行ってくる」
清隆はぴょんとお琴の肩から飛び降りると、そのまま振り向きもせずに走っていってしまった。
小さくなると感覚が鋭くなると言っていたが、お琴の耳には聞こえてこない音を拾える清隆に感心してしまう。
しかし、清隆に置いていかれた今の状況に困ってしまった。
自分が山車に見とれてしまったから、清隆は呆れて先に行ってしまったのかもしれない……と夕日と共に、お琴の気持ちが沈んでいく。
だが、首をぶんぶん横に振って、仕事に集中しようと思い直す。
過ぎてしまった事はやり直せないので、今これからの事はきちんとやろうと心に決め、
「出来るだけ清隆様の近くにいよう……」
と清隆に頼まれた事を遂行しようと、神主の家へと向かっていった。
社の隣にある神主の家の側でひっそりと佇むお琴。
神主の家は社に比べるとずい分質素だが、奥行きがあるので広い家だ。
「……こんなに広い家なのに、本当に手紙の見当がついているのかな……」
清隆が言っていた言葉を思い出す。人の行動の裏にある気持ちを読んで動く事を得意とする。清隆は手紙を隠す神主の気持ちを読んで、隠し場所の目星を付けているのだろう。
「待つ事しか出来ないのがもどかしい……」
清隆を信じる事しか出来ない自分を悔しく思い、素襖を抱き抱えている両腕の力が更に強くなる。
今は清隆が無事に戻ってくる事を一心に祈る。すると、
「お琴っ、いるか?」
玄関の方から清隆の声が聞こえてきた。
「清隆様?」
気のせいかと思ったが、玄関の隙間から清隆の頭が出ているのが見えた。
「ご無事でしたかっ」
清隆の元へと駆け寄る。清隆は手紙を背負っていた。
「手紙、あったぞ。だが背負ってきたら、ここで挟まってしまって……。すまないが、玄関を開けて手紙を取ってくれないか」
お琴は玄関を開けると、正座して清隆から手紙を取り上げた。手紙を素襖の間に挟む。
「ここへ来る途中、神主と右京様が話しているのが見えた。右京様には手紙が宙に浮いているように見えるので、一瞬驚いていたが、成功したと分かったようだった。じきに右京様もこちらへ来るだろう」
「では、清隆様。私の肩へどうぞ」
お琴は座ったまま、右手を差し出す。その時、
「おいっ。そこで何をしている」
お琴の背後から声が聞こえた。
声に驚き、お琴は固まって動く事が出来ない。
何か言わなきゃ……。動かなきゃ……。怪しまれる……と頭の中で何度も何度もその思いが巡っている。
後ろから近付いてくる足音。
ど、どうしよう……とお琴は息するのも忘れて焦ってしまう。
「お琴、大丈夫だ。オイラの目を見ろ」
右手の先に立っている清隆と目が合った。その瞬間、お琴の体を強ばらせていた思いがすぅと抜けていく。
「相手に話し掛けられてから話すんだ。話す時はひと呼吸置いてな」
清隆はお琴をじっと見つめる。お琴が目を合わせたのを確認すると、お琴の右肩へと跳び移っていった。
お琴は1人ではないと思い出すと、何をするべきなのか必死に考え始めた。
とりあえず誰が近付いたのかを確認しないとと思い、勢いよく立ち上がる。
すると後ろから近付いていた足音が少し後ずさるのが聞こえた。お琴の行動は予期していなかったようだ。
くるりと振り返ると、そこにいたのは寿言だった。




