清隆の考え
長助の家を出たお琴達は、郷士の家の西側の生け垣の前でお互いの肩が触れそうになる位密着する。そして他の者が聞けない程小さな声で話を始めた。
「……清隆、これからどうする予定なの?」
右忠は眉間に皺を寄せ、八の字眉になっている。どうしたら良いのか、お琴にも分からなかった。
しかし、清隆だけが目を輝かせている。何故そんなに自信を持っているのだろう。
右忠のように尋ねたかったが、答えようとする清隆を遮ってはいけないと、静かに言葉を飲み込んだ。
「私は落款が押された手紙を探そうと思います。先程のように出くわしたくないので、右京様には神主を何処かへ引き付けて欲しいのですが……」
清隆は頬を掻きながら右忠を見つめる。
右忠ははっと顔を上げると、清隆を見つめ返してきた。
「手紙の見当がついたのね?」
尋ねた右忠に向かって、清隆は静かに首を縦に振った。
驚いたのは右忠だけでなかった。
清隆の自信に満ちた表情の意味が分かったお琴は、右忠の発する言葉に期待する。
しかし、右忠はうぅん……と唸りながら両腕を組んでいる。すぐさま清隆に質問をしないということは、何故清隆が手紙の在りかの見当がついているのかは、さほど気にならないようだ。仕事第一優先だからかなとお琴は思った。そして右忠の口を開いたと思ったら、
「本物の手紙を手に入れる為なら、どんな無茶でもするわ。命第一だけどね。役人の仕事という事にかこつけて、色仕掛けでちょっと攻めてみるわ。ああいう男は権力と美人に弱いから、私を無下に出来ないでしょ。神社に行けば、神主を外に出すわ」
と清隆から頼まれた事に対しての事だった。清隆は「ありがとうございます」と頭を下げる。
お琴は右忠の言葉を聞いて、何故神主が自分に対してあんな冷たい態度なのか分かった気がした。権力と美貌、両方とも自分にはないものだ。そして色仕掛けで攻めると言い切れる右忠を少しだけ羨ましく思う。
それよりもやはり気になるのは、清隆の発言だ。仕事第一だと分かっていても、やはり気になる。
「あの、本物の手紙がどこにあるのか見当ついているのですか?」
「ああ。大体だがな」
お琴の質問にさらりと答える清隆。先程までのやり取りで何がどう分かったのか、お琴には意味が全く分からない。
「どうやって見当をつけたのか、教えて下さいっ」
清隆はにっこり笑ってお琴を見つめる。
「私は情報を集める事が仕事なので、人の行動の裏にある気持ちを読んで動く事を得意としなければ、情報を集める事が出来ない。だから神主の行動の裏にある気持ちを読んだだけだ」
自信を持って言う清隆の答えにお琴は首を傾げた。自分が知りたいのは、見当がついた具体的根拠だと言いたい。すると、
「あんたの仕事は百も承知の私にも分かるように説明してくれるかしら?」
冷ややかな表情と声で右忠が言う。これは命令だとその場に居た者はすぐに分かった。
清隆は慌ててコホンと軽く咳払いをすると、「分かりました」とお琴と右忠に説明を始めた。
「神主は本物の手紙の内容を他の者には知られたくないが、反郷士派には手紙をちらつかせている事は右京様の聞き込みで判明している。つまり、長助殿が貰った手紙が偽物という事は、反郷士派が神主から見せて貰った手紙が本物である可能性が高い。なら、まだ神主が手紙を持っている可能性が非常に高いということになる」
清隆のことを聞いて、お琴は頭をガツンと打たれたような感覚を受けた。
「あ、あの、じゃあ、反郷士派に聞かせた手紙の内容が本当という事ですかっ?」
納得がいかず、思わず聞き返す。
すると清隆は静かに首を横に振って言った。
「いや、それも違う。だったら、もっと堂々と色んな人に見せているはずだ」
お琴の頭の中にまた疑問が浮かぶ。
「えぇ?どういう事ですか?」
「右京様が言っていただろう、「反郷士派は神主に手紙を見せて読んで貰った」と。つまり、反郷士派は文字を見ても読む事ができなかった人々という事だ」
清隆に言われて、はっと気づく。確かにあまり文字に触れる機会がない者は多く、しっかりと文字を読める人はごく少数だ。
「だから手紙が本物でも、読んだ人間が嘘の内容を伝えた可能性が高いのだ。文字が読めない人々は周助殿と関わりがある者もいるだろう。偽物を用意したら、もしかしたら偽物だと気付かれてしまうかもしれない。味方になって欲しい者に不信感を抱かせては不味いので、あえて本物の手紙を見せて信頼を得ようとしたのかもしれない。あくまで推測だが」
だけど一番しっくりくるとお琴は聞いていて思った。
冷たい秋風が優しく3人の間をすり抜ける。日が暮れる事をそっと伝えているようだ。
「で、では、何故長助様には偽物を渡したのでしょうか?」
お琴の質問に腕組みをする清隆。
「……まだそこまでの気持ちを読み切れていないのだが、そうする必要があったのかもしれない。手紙の存在を噂で知られてしまう事を読んでか……」
「それか、別の目的の為か。ほら、本物でも偽物でも真実を知りたいと思っている長助にとっては、あの手紙は一種の望みでしょう。だから長助が手紙に書かれた指示に従うと思って、あえて渡したのかもしれないわ」
右忠はぞっとするくらい静かな声で言った。
もしそうなら、神主はとても恐ろしい人だとお琴は身震いした。家族の身を案じている人の気持ちを逆手に取ってそんな行動をできるなんて。
「……その可能性も否定出来ません。神主の考えを読み切る為にも本物の手紙を見つけ、文字を読める私達が真実を知らなければなりません。その為に神社にこれから乗り込みたいのです。そして……」
清隆が真っ直ぐお琴を見つめる。
「今の作戦にはお琴の協力が不可欠なのだ。お琴、頼めるか?……その……」
清隆は奥歯に何か引っ掛かったような言い方をして、話を一旦中座させてしまう。
あれだけ滑らか話をしていたのに一体どうしたのだろう。
「私で良ければ、何でも御手伝い致しますから、遠慮せずに仰って下さい」
お琴は前のめりになって、清隆に願い出る。
「ありがたい」と清隆は言うが、言いづらそうにしている。
「時間が無いのでしょう。早く仰って下さい!」
痺れを切らせたお琴が強く言う。
すると清隆は顔を真っ赤にして、観念したように小さく呟いた。
「……その、私と口づけをして欲しいのだ」
今度がお琴が全身に熱を持ち、顔を真っ赤にさせた。




