周助からの手紙
「こちらへどうぞ」
灯籠直しの作業部屋の手前にある部屋に案内された3人は、しずしずと部屋の中入っていった。
部屋は床の間は無く、左隅に小さな文机があった。座布団が真ん中を開けて、四方を囲うように並べられていた。
入り口から1番遠い座布団に清隆、その左に右忠、右忠の向かい側にお琴、そして入り口側の座布団に長助が座った。
「密談用の部屋です。1人になりたい時によく使っている部屋なので、あまり綺麗でなくて申し訳ないですが……」
長助の断りに、清隆は「構いません」と即座に返した。
清隆の一刻も早く話したいという気持ちがお琴にも伝わってきた。
「では早速……」と長助は小さく言うと、
「それで何故、私が周助からの手紙を持っている事を存じ上げていらっしゃったのですか?」
と本題を切り出した。
清隆は右忠と目を合わせると、互いに頷いた。
本当の事を話す合図だとお琴にはすぐに分かった。
清隆は咳払いを軽くすると、
「実は私達は祭を記録する為にこの村に来たのではなく、郷士の弟、つまり周助様が居なくなった真相を突き止める為に参ったのです」
端的に御厨村に来た真相を話した。
長助を見ると、驚いて口をぽかんと開けている。
しかし長助は口を閉じて暫く考えると、
「……確かにこの村を訪れる理由が祭の記録をする為なんて、よく考えるとおかしいですね。他の村の方が盛大な祭を行っているのに、こんな辺鄙な村の祭を記録するなんて。……あなた方は弟が居なくなった真相を探しているという事ですが、本当に私の味方ですか?村での私と弟の噂は聞いていると思います」
と訝しげな目でお琴達を見てきた。
お琴は何と言ったら信じて貰えるのかと、唇を噛み締める。
すると右忠が座布団から身を乗り出して、長助の方へ体を向けた。
「……私達が本当の事を話したという事が、郷士様の味方という何よりの証拠です。真実を突き止める為に、あなた様が美寿々様から貰ったという手紙が必要なのです。何卒ご協力を願います。郷士様も弟様が居なくなった真相を知りたいですよね」
長助の協力を頼む右忠。
長助はしんと考え込んだ後、ゆっくりと首を縦に振った。確かに周助が居なくなった真相を知りたいと望んでいた長助にとって、利害が一致している右忠の申し出を断る理由はない。右忠の訴えは長助の心を上手く揺さぶったようだ。
「……分かりました。弟が居なくなった真相が分かるのであれば、私に出来る事は協力致します」
長助の了承を聞いた清隆と右忠は安堵の表情を浮かべる。
「……実は周助が書いたと渡された手紙を読んだのですが、どうも弟が書いたと思えなくて……。今、出します」
長助は立ち上がると、文机の引き出しの中から1通の手紙を出すと、手紙を座布団の真ん中へと持ってきた。
真ん中に置かれた手紙を3人はまじまじと見る。そこには清隆が言っていた通り「兄上殿 周助」と書かれてあった。
「開けても宜しいですか?」
清隆の問いに、長助は頷いて手紙を開けた。
清隆の方に手紙を向けたので、清隆が手紙を読む事にした。
「一筆啓上仕候
兄上に改めて手紙を書こうと思い、畏まった文頭にしましたが、些か馴れず申し訳ありません。
私はある事情により、暫くこの村から出ていきます。
ある事情は必ず今年の豊穣祭までに解決させますので、今年の豊穣祭の夜、灯籠揃の前に北の山中腹の滝の所で私を待っていて欲しいのです。
本当は直接兄上にこの手紙を渡したかったのですが、事情を知る者にこの手紙の存在を知られるとまずいので、我が友である寿言に託します。
兄上が郷士となって初めての豊穣祭の成功を願っています」
読み終えた手紙に対して、お琴は兄に送る手紙としては文章はおかしくないと思ったが、ある事情とは何なのか気になった。
「……何故、長助殿は弟殿が書いた手紙と思えないと思ったのですか?」
清隆は手紙から顔を上げると、長助の目をじっと見て尋ねた。
「……弟は物事に対してはっきりいう人間なので、こんなぼかした書き方はしないと思うのです。それに何となくですが、字が違う気がして……」
長助は自信なさげに違和感を持った点を挙げる。
周助の人となりは1番長助が知っているので、お琴はその長助が違うと思ったのならそれで良いのではと思ったが、すれ違った時間があったせいか、長助の自信を持って違うと言い切れない理由も何となく分かる気がした。長助の力になりたいという思いが出てきたお琴は、数少ない自分の特技を思い出した。
「……じゃあ、手紙が本物か偽物かが分かれば良いのですね?」
特技を思い出したら、自然と咄嗟に言葉を出してしまった。
突然のお琴の発言に驚いた清隆、右忠、長助は一斉にお琴を見る。
出過ぎた真似をしてしまったかも……と後悔するが、お琴は自分の特技が人の為になるのならと勇気を奮い立たせた。
「……私、手紙を鑑定する事が出来ます。この国に来る前は祖父から鑑定術を学び、この国に来てからは実家で色々な作品を鑑定していたので……。最初に私達を案内してくれた部屋の周助様の作品を見せて頂けませんか?」
お琴の申し出に、目を輝かせる長助。
「この手紙が本物かどうか分かるのであれば、是非あの部屋を使って下さい」
「あ、ありがとうございます。では手紙を持って、あの部屋に行きたいのですが……」
お琴は手紙を折り目に沿って畳むと、すっと立ち上がった。
長助も立ち上がると、
「ではこちらへ……」
とお琴を周助の作品が張られてある部屋へと案内してくれた。




