奉公初日
「おはようございます」
次の日。
お琴は椿屋敷の玄関前で元気よく挨拶をした。
「おはようございます。よく遅れずに来ましたね。では早速上がって、たすきがけをなさい」
卯木はお琴にたすきを渡した。卯木はたすきがけをして、もう掃除をする格好になっている。お琴は屋敷に上がると、手渡されたたすきを使って、袖をたくしあげた。
「基本的には椿屋敷は掃き掃除はしません。拭き掃除です。雑巾と桶を持って移動します」
卯木が指差す方向には、水が張られた桶と雑巾2枚が桶に掛けられていた。早く物が置かれている場所を覚えて、自分から用意できるようにならないと……とお琴は思った。
「この桶と雑巾はどこに置いてあるのですか?」
「桶は土間に、雑巾は内蔵の横にある掃除用具入れの中にあります。昨日説明すれば良かったわね。申し訳なかったわ」
「いえ、大丈夫です!これで覚えたので明日からは私が用意します」
「助かります。では早速一の間から掃除をしましょう」
卯木と桶を持ったお琴は早速、一の間へ向かった。
「お琴!固絞りとは雑巾を半分濡らして絞るのです!この絞り方は固絞りではありません。もっと絞りなさい」
「お琴!畳は目に沿って拭くのです!畳が痛みますからね」
早速卯木から掃除の仕方を教えてもらいながら、お琴は一の間の掃除を始めた。卯木は手本として掃除をしてくれるので、お琴は見様見真似で掃除をした。
何とかお琴の拭き掃除が形になり、要領が分かり始めた頃、
「……では、私は少し畑の様子を見に出ますので、私が戻ってくるまで一の間を掃除してなさい」
卯木はそう言って、外へ出て行ってしまった。
「はい!」
お琴は返事をし、拭き掃除を続けた。
静かになった一の間。お琴が懸命に畳と向き合っていると、
「よし。ここは掃除をしているから、違う部屋に行くか」
と小さい声が、障子が開いている縁側から聞こえた。お琴は誰だろう……と思って声のする方を向くと、浅葱色の素襖を着た一寸ばかりの人が二の間の方へ向かっているのを見つけた。素襖は袖口と足の部分が広い着物で、足の部分は床に引きずる形になっているので、小人は歩きづらそうに進んでいる。
「あ!あの時の小さき人だ!」
お琴は思わず、指を指した。小人は一瞬動きを止めて、お琴を見た。
「あの失礼な発言を謝ってちょうだい!」
お琴は小人に向かって謝罪を求めると、小人ははぁぁと聞こえるようにため息をつき、
「しつこい娘だなぁ。……やーだよっ」
と言って舌を出し、その場から逃げ出した。
「待ちなさい!」
お琴は雑巾を置いて、小人を追いかけた。小人は素襖を着ていたため、もたついてしまい、すぐにお琴の右手の中に収まってしまった。
「捕まえた!……あら、お前。子どもかと思っていたけど、月代になっているから元服しているのね」
お琴はまじまじと手の中にいる小人を見た。
「離せ!お前の手は臭いぞ!オイラはお前より年上なんだから敬え!」
小人はぎゃあぎゃあ騒ぐ。
「く、臭いですって!?雑巾使っていたのよ!どこまでも失礼な奴ね!人から敬ってもらいたければ、礼節を重んじなさいっ。謝らなければ握り潰すわよ!」
お琴は右手に力を入れる。
「オイラは小さいなりだがれっきとした人だぞ!お前は人殺しになりたいのか?」
「えっ!?そうなのっ!?」
お琴はびっくりして、思わず小人を離してしまった。すると、小人はするりと逃げて床に着地した。
「ま、お前はここの奉公は1日が限界そうだな。今日1日頑張りな」
小人は捨て台詞を吐き、足元の裾をたくし上げて一目散に逃げていった。
「あんの小人!本当に失礼な奴ね!今度捕まえたらあいつの顔を指で弾いてやる!」
お琴は小人に対するイライラを卯木が戻ってくるまで、一の間の拭き掃除にぶつけた。