右忠と神社
お琴と清隆は右忠が神社に着くまでは一緒に行動することにした。
清隆がお琴を1人にできないと判断したからだが、また寿言や神主と話す時があれば、1人で対応するのは心細かったので、清隆の判断に胸を撫で下ろす。だが、先程の恥ずかしさが少し残っている。
「……では、右京様が来るまで、参拝しましょう。参拝すると言った手前、しないとおかしいですものね」
恥ずかしさを隠す為、清隆に提案する。
「そうだな。神主達の欲からくる感の鈍さは別として、この神社自体はとても気が澄んでいるか自分の気を浄化させる意味で参拝はした方が良い」
清隆の発言に驚いて思わず清隆を見ると、清隆はどうしたと言いたげに首を傾げて見つめ返してきた。
「気って……。そんなことも分かるんですか?」
「ああ。この姿だと余計にな。多分動物に近い存在になるから、感が鋭くなるのだと勝手に思っている」
清隆の答えは半分納得できるが、それでも首を傾げたくなるようなものだった。何と言って良いのか迷っていると、
「ごめんなさい!遅くなってしまったわっ」
鳥居の方から声が聞こえてきた。振り向くと、役人女性の右忠がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
慌てている素振りには見えないのだが、おそらく動きづらいのだろう。
お琴も駆け寄り、3人は中門の下に集まった。
「ごめんなさいね。滞在延長許可証を作ったのは良かったのだけれど、関所に提出するのを忘れてしまっていて……。関所の人に提出しがてら説明をしていたら、遅くなってしまったの……」
右忠がばつが悪そうに言う。そういえば……と滞在時間が決まっていたことを思い出す。
「自分で許可証を作成しておきながら、万が一の為に持っていたのですと嘘をつくのは心苦しかったわぁ。ま、でもこれであと5日は大丈夫よ」
右忠はにっこり笑って説明するが、清隆は渋い表情だ。
「祭りは明日なのですから、2日あればよろしいのでは?」
清隆はぴしっとした言い方で右忠の説明の矛盾点を指摘する。
「も、もしかしたら真相解明に時間がかかるかもしれないでしょ。念の為よ」
尤もらしい理由なのに、目が泳いでいる右忠を見たお琴は、これでは疑われても仕方ないと思う。
「……ま、まぁ、私が来たから清隆は別行動しても大丈夫よ。神主の家の方を探ってきて頂戴」
妙に手振りを大きくしながら右忠が清隆に指示をする。その様子を見た清隆は、
「……分かりました。滞在日数の大幅な延長の理由は信じていないですが、お琴をしっかり守ってくれるという事に対しては全幅の信頼を置いています。なので、お願いします。私はこれで神主の家に行ってきます」
と言うと、お琴の肩から飛び降りて走っていってしまった。
「……清隆は行った?」
清隆が見えない右忠はお琴に確認をする。
お琴が小さく頷くと、右忠は少しほっとしたようだ。
「右京様、よろしくお願いします」
右忠に向かって頭を下げると、右忠は満面の笑みを浮かべる。
「私が清隆に負けず劣らず頼りがいがあるという事を行動で示すから!安心してね」
胸を張って言う右忠に対して有難く思う。お琴の清隆がいないことへの不安が幾分か減った。
「はい。ありがとうございます」
「では、早速行きましょう」
「はい」
右忠と並んで境内へ向かう。
するとふと耳に後ろの方から人の声が聞こえた。賑やかになってきたことに今気付く。
周りの様子に気付かない程、寿言と神主の事に集中していたのだと気付いたお琴は、少し力が抜けたのだと解釈して、歩みを進める。
中門から境内に向かって歩くと、肌を纏う空気が暖かいものから凛としたものに変わったのが分かった。おそらく神社の神域に入ったのだろう。
境内の前に右忠と一緒に立つ。大きく立派な社はとても綺麗だ。毎日の手入れを事欠かさず行っているのが分かる。ふと社の中を見ると、寿言が膝をついて床を磨いていた。床を拭く寿言の目は真剣だ。
寿言の真剣に掃除に取り組む姿にお琴が感心していると、右忠が鈴緒を揺らして鈴を鳴らした。
鳴り響く鈴の音を聞いた寿言はすっと立ち上がり、お琴達から見えにくい隅の方へ足早に行ってしまった。
「では二礼二拍手一礼してお参りしましょ。分からなかったら私の真似して頂戴」
右忠はそう言うと、社に向かって2回頭を下げた後、2回手を打ち、神様へ挨拶を始めた。
お琴は見様見真似で同じようにお参りをする。どうか周助様がいなくなった真実が明らかになりますように……と心の中で願った後、目をゆっくり開けた。
「最後に一礼したらお参りはお終いよ。そしたら向こうで清隆を待ちましょう。神主らしき人もいないし」
ひと足先にお参りし終えた右忠はお琴がお参りを終えるのを待っていた。
お琴は言われた通りに一礼をする。神様にここに来れた感謝の気持ちを込めて。
「とりあえず中門へ行くわよ」
右忠はくるりと社に背を向けると、そのまま真っ直ぐ中門へ歩き出した。
お琴も後ろから付いていく。鳥居を見ると、飾り付けが終わった山車が村人達によって動かされていた。松の枝や米俵、注連縄と縁起の良い物で飾られた山車の先の上には誰か乗っていて、下の縄を引っ張っている村人達に「もっと左へ」と指示を出している。山車を倉の中に入れるようだ。鳥居と中門の間の参道の右横には屋根のない高台が村人達によって設けられている。そこで祭囃子が演奏されるのだろう。
ふと長助の灯籠の修繕は大丈夫なのか気になった。神社は明日の祭の準備を着々と進めているので、余計に長助の事が心配になってしまう。
清隆様と会ったら、長助様の所へ手伝いに行けるかしら……。
「あの、右京様っ」
中門の中でひと息ついている右忠に話しかける。
右忠はぼんやりと祭の準備の様子を見ていたので、声を掛けられ慌てていた。
「あ、ごめんなさい。話し掛けてしまって……」
「い、いいのよ。大丈夫。どうしたの?」
「あの……。昼食を食べた後……」
「これはこれはお役人様」
お琴の言葉は何者かによって遮られてしまった。
声がした方を向くと、神主が胸を張りながら、こちらへやって来る。偉そうな態度を誇張しているような歩き方に若干いらつきを覚える。
「祭前日なので、益々神社は活気づいていますでしょう。その様子を記録したいと思いまして」
右忠はしなやかに口元を隠しながら、神主に返答する。
「是非ともお願い致します。この祭は村人と神が近付く神聖なものなので、村人達のやる気も一段と……なのです」
妙に仰々しいお辞儀をする神主にお琴はますますの嫌悪感を抱く。先程の自分に対しての態度と偉く違う事も鼻につく。しかし、神主と接触する絶好の機会なので、平静を装う。
「ええ。そうでしょうね。なので、私の付き人にも見せたいと思いまして、こちらへ」
右忠はすっと右手の平でお琴を指す。
自分がいることの不審感を少しでも拭う為の理由だと瞬時に理解し、お琴は神主に頭を下げる。
神主は一瞬侮蔑の眼差しをお琴に向けるが、すぐに笑顔になって右忠の方へ体を向ける。
「でしたら、神社の裏へご案内致します。滅多に見られない神楽舞の練習をしておりますので」
お琴は神楽舞という言葉に首を傾げた。あまり外に出て町の行事に参加した事がない故、聞いたことのない言葉にすぐ反応してしまう。
右忠は全身で楽しみだと言っているかのように体を揺すっていた。つまり、神主の申し出を断わる選択肢は存在しないということだ。
神主も役人相手なので、下手な事はしないだろうとお琴は思いながら、右忠の言葉を待つ。
「お琴、神楽舞って知っているかしら?」
突然の質問に、お琴は首を横に振って答える。
「え?祭の記録をする役人の付き人が神楽舞わ知らないとは」
お琴の返事にすかさず神主が口撃してきた。一瞬まずいと思ったが、
「この子は付き人になって間もない故仕方ありませんの、ね」
と上手く右忠が切り返してくれた。お琴は助かったと思いながら、首を激しく縦に振る。
「……でしたら、余計に見て貰いたいものですな。明日の本番では見られない舞の指導などが見られるので」
どこか人を小馬鹿にしたような口調で話す神主に、お琴はむっとするが、
「知らない事はどんどん尋ねたりして、知ろうとする事が大切なのよ。それはとても大切な事だから」
と右忠に諭され、怒りをぐっと飲み込んだ。
「神楽舞とは祭などの神事の時に巫女がする舞の事よ。神を降ろす儀式とされているわ」
右忠の説明を聞いて半分は理解したが、やはり実際に見ないと想像がつかない。
「是非見たいです」
思わず素直に気持ちを伝えてしまった。
しかし右忠は嫌な顔をせず、
「そうね。私も見たいわ」
と笑って返事をしてくれた。
お琴は面白くないという顔を一瞬した神主を見逃さなかったが、あえて無視をした。
「……では、こちらへどうぞ」
わざとらしく深々と頭を下げた神主は、お琴と右忠を神社の裏へと連れていった。




