清隆と神社
神社に着くと、境内を箒で掃いている寿言を見つけた。朝の早い時間なので村人はおらず、神社には寿言しかいないようだ。
神社は朝の光を浴びて神々しい雰囲気を放っているのに、寿言がいるというだけで、お琴は自分の心の中が少しずつ暗くなるのを感じる。
「大丈夫か?やっぱり右忠様と来た方が……」
立ち止まったお琴を心配そうな顔で見つめる清隆。
清隆の声に気付いたお琴は、自分は1人でなかったと自分を奮い立たせる。
「大丈夫です!清隆様が傍にいれば、私達に敵う者はいませんので!」
にっこりと余裕のある笑みで清隆に返事をする。
清隆様がいるということが祖父母亡き後ほぼ1人だった私にとって、どれ程ありがたく勇気づけれているかなんて、きっと清隆様は知らないだろうとお琴は思う。
1人でなければ頑張れるという意味で言ったのだが、ふと肩を見ると清隆は顔を赤らめていた。何かまた失礼なことを言ったのだろうかと、お琴は不安になる。
清隆の熱が肩に伝わる。どんどん肩の辺りだけが熱くなってくる。言葉だけで急にこんなに熱くなるのはおかしくないか。もしかしたら熱があるのかもしれない。
「清隆様、失礼します」
お琴は清隆のおでこを右人差し指で軽く触れる。お琴の行動に驚き、体を一瞬びくっとさせた清隆だったが、後はされるがままだった。
「熱は少しあるような気がしますが、呼吸の乱れはないので、緊張からくる熱ですかね?」
お琴は人差し指を清隆から離すと、清隆の急な発熱の見解を伝える。
するとお琴の言葉を聞いた清隆は、大きな溜め息をついた。
分かりきっていることを言ったから呆れられちゃったのかな……と思うと、勝手に体が少し強ばる。
「……あのな、嬉しくてもオイラは熱が上がるんだ。緊張のせいじゃない。お前の言葉で、だ」
頬を掻きながら、清隆はぼそっと伝える。
嬉しい時も熱が上がる。私の言葉で……。
清隆の言葉の意味に気づいたお琴は、全身の血が沸いてきた。清隆の熱が伝わってきたようだった。
「えっ、何で嬉しいのっ?ただ事実を言っただけなのにっ」
「事実だから余計に嬉しいんだよっ。一緒だったら、自分達に敵う者はいないってオイラも思っていたから……」
体の火照りを冷ます為に気を紛らわす意味も兼ねて尋ねたが、もっと体が火照ってしまった。こんな状態では寿言に対して冷静な態度でいられない。
「と、とにかく!オイラが傍にいるから、安心して話をしてこい」
ちらりと清隆を見ると、顔を真っ赤にして一所懸命自分に向かって囁いていた。
その姿がとても可愛くて、思わず口元が緩んでしまう。
気が付くと、気持ちが落ち着き始めていた。これなら寿言と話ができそうだ。お琴の中に少し自信が出てきた。
清隆様が傍にいれば大丈夫……。自分に勇気が出てくる呪い(まじな)の言葉をかける。
「そうですね。では行きましょう」
しっかりとした足取りで鳥居をくぐり抜け、お琴は寿言がいる境内を目指した。
「……昨日の今日でまた何をしに来たのだ」
お琴は早速寿言から口撃を受けた。神聖な境内を熱心に掃除をしていたからか、寿言に気付かれずに進むことが出来たが、さすがに中門をくぐったら気配で分かったようだ。分かった瞬間の寿言の動きは素早かった。今はお琴の行く手を阻むように箒を持って仁王立ちしている。
「……何って、今日はお参りに来たのです。祭の前に是非1度……と思いまして。この神社の神様は参拝者を選ぶのですか?」
お琴は冷静に努めて、寿言が反論しづらい理由を述べる。中門をくぐる前までに、清隆と一緒に考えた理由だ。ここから先は自分1人で考えて話さなければならない。
「……ちっ。お嬢様には近付くな。近付いた瞬間、この箒で塵芥と一緒に外へ掃き出してやる」
寿言は持っていた箒をお琴の前に突き出した。
お琴はいつもより自分に対して敵対心を剥き出しているように感じた。
もしかしたら美寿々がこの辺りにいるのかもと直感した。今は互いに気付かなくても、声なら届くのではないか。
「承知しました。私からは美寿々様に近付きません。ですが!美寿々様から私に近付いてきた場合は掃き出さないで下さいね。そんな事をしたら、自分のせいで……と美寿々様が悲しがってしまうかもしれませんので」
わざと大きな声で寿言が苛立つように仕向けてみる。こんな事、1人だったら絶対出来ない。清隆に感謝しながら、寿言と対峙する。
寿言は悔しさと怒りで顔を真っ赤にしていた。
今度は寿言の言葉を待つ。するとその時、
「寿言。何をしておる」
凛とした男の人の声が神社中に響いた。そして、お琴達に近付いてくる足音。
寿言の後ろから白い狩衣を着た男性がやって来た。整った目鼻立ちは美寿々そっくりだが、眉間の皺と鋭さが宿った瞳は穏やかではない人柄を漂わせている。この人が美寿々の父である神主に違いないとお琴は思った。
「も、申し訳ありません。誠心誠意を込めて、境内の掃除を致しますっ」
寿言は腰を折り曲げるようにして頭を下げると、そそくさと境内の方へと戻っていってしまった。
神主は寿言が掃き掃除に戻ったのを見届けると、くるりとお琴の方を向いた。
予期せず神主と向き合うことになり、体を強ばらせて身構える。
「参拝者の方にうちの神人が大変失礼を……。ごゆっくり参拝して下さい」
思いがけない言葉を聞いて、お琴は一瞬体の緊張を解きそうになった。しかし、神主と目が合った瞬間、神主の目が笑っていない事に気がついた。
相手を凍りつかせるような冷たい目。自分に対して明らかに敵意を持っていることが分かった。
「……ありがとうございます。そうさせて頂きます」
精いっぱいの笑顔を作って、神主を見る。神主はふんっと鼻を鳴らすと、社の方へと行ってしまった。
「中々お前は強いな。感心したぞ」
寿言、神主とのやり取りを終始見ていた清隆がうんうんと頷いている。
「何度、神のふりをしてあいつらを叱ろうと思ったことか。姿は見えなくても、声は聞こえるからな。神のふりなど造作もないことだ」
清隆の口振りから神のふりは何度かしたことがあるのだなと察する。
「……だが、あの神主が欲深だということは分かった。オイラと目が合わなかった」
「え?だって元々小さくなった清隆様は私以外には見えないのでは?」
清隆の意外な言葉に思わず反論してしまった。
「そうなのだが、例外がある。いわゆる感の鋭い者、神仏に仕える者に多いのだが、オイラを黒いもやとして見える事があるようなのだ。気付けばオイラを邪なるものと思い、即座に印を結ぶのだが……。あの神主はオイラに見向きもしなかった。業や欲が多いのだ。あれが1番上なのだから、この神社に仕える者は大したことないな」
清隆はそう言うと、お琴の肩の上に腰を下ろした。
「……黒いもやに見えるからって、邪なる者と見なす者達も大したことないと思います」
唇を尖らせ、納得できない気持ちを清隆に伝える。
すると、清隆は一瞬きょとんとするが、優しくふっと笑った。
「ありがとな。だが、私は呪いを受けている身なのでな。鬼に関わり、業や悲しみといった負に関する呪いなので、良いものには感じないらしいのだ。……だからお前だけにはっきり見えているなら、オイラはそれで良い」
清隆からの不意打ちにお琴は一瞬固まってしまった。胸の鼓動が速くなるのを感じながら、平静に努めようとする。
早く右忠様、来て……!このままだと私、恥ずかしさで死んでしまいそうです!と、必死で右忠の到着を願っていた。




