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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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悶え

右忠の部屋で夕食を摂ることになっている為、清隆と右忠の居場所を尋ねに茶屋に来たお琴は、まだ2人が戻ってきていないことをお信から告げられた。何をして待っていよう……と考えていると、

「あ、お琴ちゃん。悪いんだけど、各部屋の布団を敷いて貰えないかしら?ちょっと今、夕食作りで手が離せられなくて……」

困った顔をしたお信からの頼みを断る訳にはいかない。二つ返事で答えると、「ありがとう。じゃあ、お願いね」と笑顔に変わったお信。お琴は寝る支度を整える仕事をする為に宿へと向かった。

右忠の部屋は夕食を食べ終えてからお信が整えると言っていたので、とりあえず自分と清隆の部屋だけ布団を敷くことにする。早速自分の部屋の障子を開けると、真ん中に綺麗な布団一式が畳まれて置かれてあるのが目に入った。お信が干した布団を取り込んだのだろう。

「本当に綺麗な布団だなぁ……」

布団の真っ白さに思わずうっとりする。今、家で使っている布団は少し厚い布切れ状態のものなので、ぐっすり眠ることができない。志げ乃、お初に言わせると、「布団なんて高価な物を使わせてやっているだけありがたく思え」なので、文句を言わず使っている。しかし、祖父の家にいた時に使っていた古い小袖に綿をたっぷり入れた掛け布団が恋しい時がある。そんなお琴なので、宿の布団は自分という者が使って良いのか不安に思う。

敷き布団を広げると、太陽の温もりがお琴の上半身に当たった。太陽の暖かさいっぱいの敷き布団と掛け布団を広げたその中で眠りたいと思ったが、やはり綿を潰さないようにしなければならないから自重しなければ……と思い直した。自分の部屋の布団を敷き終えたお琴は、次に清隆の部屋の布団を敷く為、清隆の部屋の中に入る。お琴の部屋と同じように真ん中に布団一式が置かれてあった。

「……ご自分できちんと整頓されているのね」

部屋の隅にある畳まれたら素襖や肌小袖はずれることなく重ねられてあった。思わず感心してしまうが、あまり殿方の部屋を見るのは良くないことだと気づく。

「早く布団を敷いて出ていかなくちゃ」

清隆の敷き布団を広げると、自分の布団の時と同じように太陽の温もりを感じる。全く違う布団のはずなのに、何だか自分と同じ布団のような気がして、胸の辺りがドキドキしてしまう。

「……。私は何て事を考えているのっ!?」

自分に突っ込みを入れた後、恥ずかしさが込み上げてきた。布団を敷き終えたお琴は、

「部屋で心を落ち着かせなければ……」

と呟くと、自分の部屋に戻る。そして紅潮した顔のまま部屋の隅に行くと、正座をして深呼吸を繰り返す。

落ち着いて……。清隆様と右忠様が戻ってくる前に、いつも通りの私にならないと……と心の中で必死に自分に言い聞かせる。少しずつ顔の火照りと全身に伝わる胸の高鳴りが静まっていくのを感じる。段々収まっていくのを感じながら、ゆっくりと目を開けた。はぁ……と息を吐くと、宿の出入り口の方から物音が聞こえた。

「清隆様達かも……」

すぐに障子を開けて廊下に出ると、出入り口の所に清隆と右忠が並んで立っているのが見えた。その場で正座をし、

「おかえりなさいませ」

と頭を下げる。

「ただいま帰った」

清隆の声が頭の上から降ってきた。頭を上げると、清隆とばっちり目が合う。すると、先程の清隆の部屋に入った時の事が甦ってきた。また全身の熱が上がっていく。視界が狭まり、清隆しか目に入ってこない。右忠が何か言っている気がするが、お琴の耳まではっきり届かない。

「お琴、どうした?」

正座したまま何の反応もしないお琴を心配して、清隆が声を掛ける。その瞬間、お琴は何も考えられなくなってしまった。

「え……、あ……、あの……」

何か言いたいが頭の中で整理がつかず、言葉が出てこない。

「具合でも悪いのか?」

気がつくと、目の前に清隆が自分と目線を合わせる為に膝を曲げて立っていた。体の熱が急に上がり、目眩がしてきた。

「お琴。具合が悪いの?いつから?昼食を食べた後から?」

右忠が清隆の隣に並んで、お琴の様子を見る。邪な気持ちのせいだとは言えない……と思うお琴は、必死で首を横に振る。

「……だ、大丈夫です……。み、美寿々様に会えませんでしたが、お付きの寿言様と話をしました。「お嬢様に周助の事を聞いて、悲しい気持ちを起こさせるのは止めろ」と一方的に釘を刺されただけでしたが……」

具合は悪くなく、仕事は出来たという主張を込めて、寿言との出来事を話す。すると清隆は露骨に嫌悪を表し、右忠はより一層心配な表情を浮かべる。

「あの寿言っていう男に元気を奪われてしまう位、酷いことを言われたのね?そんな事気にしなくて良いのよっ」

右忠はそう言うと、お琴の両手を自分の両手で包むように優しく握る。その様子を見た清隆の片眉がぴくっと上がったことに、お琴は気がついていない。

「……そんな事は気にせず、夕食を食した方が良いだろう。嫌な事は食べて寝て忘れるに限る」

「そうね。お琴は夕食が私の部屋に来るまで、自分の部屋でゆっくりしていなさいな。私がお信さん達に帰ってきた事を伝えるから」

2人の優しさが、お琴の罪悪感に突き刺さる。本当の理由を話せば罪悪感は消えるが、はした()だと思われてしまうだろう。寿言のせいではないが、自分の名誉の為に寿言には一旦悪者になって貰う事に決めた。ごめんなさい、寿言様……と心の中で謝る。

「……ありがとうございます。では夕食まで、もう1回心を落ち着けてきます……」

立ち上がると、静かに自分の部屋に戻っていった。

「……あの子があんなに落ち込むなんて、よっぽどの事を言われたのかも」

「確かに……。その寿言という者は、朝の神社の時にお琴に対して敵意を見せていたので心配です」

「夕食の時にお琴の話をじっくり聞いてあげましょう」

「そうですね」

清隆と右忠はお琴に聞こえないように話をした後、夕食まで各々の行動することにした。当のお琴は自責の念で悶えていることを知らずに……。

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