思わぬ人との出会い
「では、お琴。私と右京様は神社へ行ってくる。郷士の家にはお琴を連れていったが、神社は連れていけなくて申し訳ない」
昼食を食べ終えた後、清隆と右忠は早速神社へ向かう支度を始めた。右忠が役人女性の姿に着替え終えたら、もう出発すると言う。今は右忠の着替え終わるのを清隆と一緒に宿の出入り口で待っている。
「いいえ、大丈夫です。朝の出来事を思い出せば、追い払われた私はいない方が良いですから。私がいることでお2人の印象を悪くする訳にはいけません」
申し訳なさそうに言う清隆に、自分を外した理由はきっとこういう意図があるだろうと思いながら、清隆の考えを理解していることを伝える。
「理解していてくれて、本当に有難い」
寿言さえいなければ大丈夫なのだが、自分が2人の仕事の足を引っ張る訳にはいかない。ここは別行動するのが得策だ。
「私は来るかどうか分からないけれど、川で美寿々様を待とうと思います」
「特に洗濯して貰いたいものは私も右京様もないから、今日は夕食時までゆっくりしていると良い」
「あ、ありがとうございます」
清隆の心遣いに感謝の気持ちを伝えると、
「待たせたわね」
と部屋から役人女性姿の右忠が出てきた。化粧をしている顔は綺麗に映えていて、花が人間になったらこんな感じかもと思わせる風貌だ。
「では、行ってくるわね。また夕食時に」
右忠は清隆に支えられながら草履を履く。どちらも見劣りしない美しさなので、眩しく感じたお琴は目を臥せる。
「い、いってらっしゃいませ」
頭を下げて、清隆と右忠を見送る。2人は並んで神社へと歩いていった。
「……あの美しい2人に付いて行く勇気は、今の私には無いわぁ」
小さくなっていく2人を見つめながら、自分のみすぼらしい容姿を少し恨んでしまう。
「でも、私にできることは精いっぱいやらないと。仕事は容姿関係ないもの!」
重くなった気持ちを切り替える為に、わざと明るい声で自分を励ます。そして深呼吸した後、ゆっくり裏の川辺へと向かっていった。
川辺に座って美寿々を待っていたお琴だが、今は猛烈に帰りたい気持ちでいっぱいだ。
「おい、聞いているのかっ」
目の前にいる寿言が問い詰めるような口調で尋ねてくる。川辺にいるのはあなたと会う為ではないのだけれど……と思いながら、目を反らし続けるお琴。寿言に何と言い返せばよいか分からない。美寿々ではなく、寿言が現れると思っていなかった。なぜ美寿々様ではなく、寿言様がここに?という疑問しか、先程から浮かばない。
「……お嬢様に周助のことについて、根掘り葉掘り聞いているよな?」
何もお琴が言わないので、しびれを切らした寿言が再び同じ質問をする。目が合った瞬間に言われた言葉を2回言われて、ようやく頭が回り始めた。そして同時に、こういう相手に対しては、軟化な態度も硬化な態度も無意味であることも理解した。どの態度で対応しても、相手の自分への剥き出しの敵意は変わらないということは実家で経験済みだ。軟化な態度は相手をつけ上がらせる効果がある為、この選択は始めからないのだが。
「それは美寿々様に尋ねたら如何です?私の立場では答えられないこともあります故」
冷静に事実のみの返答をして立ち上がる。是か非かの質問をしたのに、思っていたのと違う答えを返されて、寿言は面白くなさそうだ。寿言がここにいるということは、美寿々はおそらくこへは現れないだろう。これ以上ここにいても意味は無いと判断したお琴は、「では、これで」と頭を下げて立ち去ろうとする。
「周助がいなくなって悲しい気持ちでいる美寿々様に、周助のことを尋ねて更に悲しませるようなことをしないで欲しい」
寿言がこれ以上話しても仕方ないと思ったのか、諦めたような声で独り言のように呟く。その呟きを聞いたお琴の足が思わず止まってしまった。
「あいつを忘れることが、今のお嬢様にとって一番必要なのだ」
今度ははっきりした声でお琴に言う寿言。お琴には寿言の美寿々への思いは充分に伝わったが、美寿々の周助に対する思いの強さは寿言には伝わっていないように感じた。こちらもただ徒に尋ねている訳ではない。好きな人がいなくなった真相を知りたいと思うのは当然の思いである。その手助けをしてはいけないというのか。
「君達はこの村の豊穣祭について記録をしに来たのだろう?今、この村に流れている物騒な噂について興味を持つのは分からなくもないが……」
寿言がお琴達がこの村に来た一応の理由を知っていることに一瞬驚くが、今神社に清隆と右忠が行っているので、寿言が承知していてもおかしくないと思い直す。寿言も神社側の人間であることを思い出す。寿言の人となりを調べる為、少し仕掛けてみよう。これも情報収集の一環だと思うことにする。
「……私は美寿々様に豊穣祭について尋ねていただけです。物騒な噂についてはあまり詳しく知らないのですが、寿言様にお尋ねしても?気になってしまいました」
わざと寿言の怒りを買うような事を言ってみる。「尋ねて欲しくない」と言われているのに、あえて尋ねて寿言の反応を窺う。寿言が怒りの反応を見せれば、自分を完全に敵と見なしていると判断するが、それ以外の反応であれば、国の役人関係者という肩書きに少し怖がっているのではないかと判断する。
寿言はほんの一瞬目をきっと釣り上げるが、ふぅ……とため息をつくと、幾分か優しい表情になった。
「……本当にお嬢様には豊穣祭について尋ねていただけだな?」
「はい」
「私が噂について話せば、お嬢様には噂の事を尋ねないな?」
「はい。噂については」
「……分かった。信じる」
この寿言という人間は肩書きに恐れを感じるのではなく、美寿々が悲しむことに恐れを感じるようだ。もしかしたら美寿々を大切に思うが故、美寿々の周助に対する思いに目を背けているのかもしれない。
「先代の郷士様が亡くなった後、村では現郷士の長助と弟の周助、どちらが跡継ぎとしてふさわしいかという争いが起きたのだ。そしてその最中、突然周助がいなくなってしまった。いなくなってしまった者を郷士にする訳にはいかないだろう。だから長助が跡を継いだのだが、成り行きを知っている反長助派は当然面白くなく、「もしかしたら、周助は長助に殺されたのではないか」という憶測を流したのだ。それが今、村に流れている噂になっている」
「……では、寿言様は周助様は殺されていないとお考えなのですね?」
お琴の言葉に対し、寿言はぐっと息を呑み込んだ。まさかお琴に突っ込まれるとは思わなかっただろう。お琴は「聞いてはいけないことでした?」ときょとんとした顔をわざとする。そんなお琴を見て、寿言はふぅぅと長く息を吐いた後、
「……真実が何であれ、周助がいなくなってお嬢様が悲しみに暮れたという事実は変わらない。だから私が周助を許すことはないだろう」
と冷たい声で言い放つと、そのまま立ち去ってしまった。お琴は段々小さくなっていく寿言を見つめることしかできなかった。
「……事実は変わらなくても、真実を知れば悲しみは少し軽くなるのではないのかしら?だから美寿々様は真実を知りたいのではないの……?」
誰も答えてはくれないと分かっているが、尋ねたい気持ちを抑えることができなかった。恋とはそういうものではないのかと思いながら、お琴は宿へと戻っていった。




