3羽のうさぎ
長助の家を出たお琴は、神社の塀から清隆がどうしているのかと中の様子を窺う。寿言らしき人は居らず、村人達がせっせと山車の飾り付けをしているのが見えた。これなら中に入ってもいいかな……と思ったその時、3羽のうさぎが神社の脇から鳥居に向かって走っていくのが見えた。思わず目で追うと、 は宿の方向へ一目散に走っていく。あの内の1羽の背中の上に清隆様がいる。直感で思ったお琴は、慌てて後を追いかけた。
見えなくなったらどうしよう……。不安に思っていたが、そんな心配はしなくてよかった。3羽は思った以上に足が速いが、所々で休みを入れていた為、お琴が見失うことなく、無事に宿へと着いた。
宿の前で清隆が背から下りるのが見えた。3羽に頭を下げた清隆は宿へと入る。お琴も宿に入ろうとした時、うさぎ達と目が合った。うさぎ達はお琴の存在に驚き、ものすごい速さで神社の方へ逃げていってしまった。
「……また機会があったら、お礼を言いたいな」
お琴は少し寂しい気持ちで宿の中に入る。すると、
「よかった!お琴が来てくれた!」
廊下で困った顔で立ち尽くしていた清隆に声を掛けられた。
「どうしたのですか?」
「オイラの部屋の障子を開けてくれ!ぴったり閉まっていて困っていたのだ」
清隆が障子を指差す。すき間なく閉められた障子を開けるというのは、今の清隆にとっては困難なことだ。時間もない。お琴は障子と柱の間を少し開ける。
「助かった!」
清隆はすかさずすき間の中に入った。その時、ボンッと爆発音がした。瞬時に清隆が戻ったと理解したお琴は、見てはいけないと思い、慌てて障子を閉めた。しかし、大きな背中が一瞬見えてしまった。
「清隆様が出てくるまで、ここでお待ちしております」
見てしまった……と恥ずかしさがこみ上げてくるお琴は、部屋に背を向けて廊下で正座して待つことにした。
「……ふぅ。何とか宿の中で戻ることができた」
元の姿に戻った清隆が部屋の中から出てきた。素襖を着た清隆を見て、お琴はやっと安心することができた。
「よ、良かった。間に合って……」
廊下で正座しているお琴は清隆に背を向けたままだ。背中を見てしまった気まずさと恥ずかしさで清隆を直視できない。小さい清隆が部屋の中に入る際に、自分に背を向けていて本当に良かったと思う。前だったら、もう一緒に仕事をすることはできなかった。まだ背中でよかったと思うことにしようと自分に言い聞かせる。
「あの、お琴……」
「あら、清隆とお琴。もう戻ってきたのね」
清隆に被せてきた声のおかげで、2人の間に流れてきた気まずい雰囲気は消え去った。お琴は助かった……と思い、声の主の方へ顔を向ける。宿の出入り口に立っていたのは柴売り姿の女性、右忠だった。
「茶屋の方に昼食の用意がしてあるから、茶屋で話をしましょ」
右忠は2人に尋ねることなく、淡々と用件だけ伝える。
「そうですね。私も神社で聞いた話を伝えたいです」
清隆はお琴の横を通り過ぎると、そのまま草履を履いて右忠の横に並ぶ。
「お琴も行こう」
振り返って微笑む清隆を見て、胸の辺りが熱くなってくるのを感じた。体全体に響いているかのように感じる鼓動。先程の気恥ずかしさとは違う。しかし、この感情を何というのか、お琴には分からなかった。
「……はい!」
気を紛らわす意味も込めて、大きな声で清隆に向けて返事をすると、すぐに2人の元へと向かった。
「じゃあ、行きましょう」
右忠は先頭をきって、茶屋へ向かっていく。清隆とお琴は自然と隣になりながら、右忠の後へと付いていった。