4.入学と家族の限界
この世界でも桜に近い花が咲き乱れる春。
15歳になり、この国が管理する高等教育を受けることになった。
僕が図書館に通っていたときに、借りている本の履歴、普段から会話していた内容から、将来有望と司書の人が推薦してくれたとのこと。
ここでよい成績を取ると、仕官への道も開かれるだけでなく、将来的に貴族とのコネクションが太くなる可能性もある。
我が家のような人を雇うこともできない小規模商人には、なかなか巡り会わないチャンスだった。
この入学を喜んで、こっちの父親がベロベロに酔っ払い、自慢げに喜んでいる。
母親も涙ぐんで僕の将来を祝福してくれた。
通常、この世界の15歳は、ほぼ成人と同様に扱われ、決められたレールとなる仕事を覚え始める。
そのほとんどが家業か、それに繋がるような仕事だ。
ご多分に漏れず、僕の場合は、父親の卸売業を継ぐことになる・・・予定なんだろう。
早く家業を継いでほしいと願っていただだろうに。
僕がろくに友達もできないまま、あまり周りに馴染めず、手伝いと図書館の往復しかしなかったことをどんなふうに見守ってくれていたんだろう。
こっちの親も、僕を大切にしてくれる。
感謝のために出てくる涙を堪えきれず、なんとか言い切れた。
「お父さん、お母さん、ありがとうございます。期待に添えるよう、頑張ってきます」
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あれから4か月ほどたった。
小康状態、というべきか、ただ俺が事なかれで過ごしてきた哲也が悪いのか。
相変わらず、洋子の口からショウという子供の話が尽きない日々が続く。
「今日、ショウがね、なんかすごい学校に行くことが決まったの。向こうの親御さんも大喜び。鼻が高いわ。翔太にそんなに頑張り屋さんだったなんて」
もう、限界だった。
これ以上は聞いていられない。
「もういい」
自分の手が、声が震えていることがわかる。
「もう、ショウとかなんとか、良く分からない奴の話はうんざりだ!!・・・翔太は、もう翔太はいないんだ。これは認めなければいけないと思う」
認めたくないが言い切る事に力を入れた。
「翔太がどうなったかわからない。生きているかどうかも。ただ、洋子の話を聞いていると不安になる。大丈夫なのか、翔太を待つ、いつでも迎えられるようにする俺たちは大丈夫なのか、と」
これをいうべきか。
哲也は言葉にする直前まで迷ったが言い切る。
「なあ洋子、病院に行こう。無理をしないで。洋子の為にも、俺の為にも頼む。もう、聞いていられないんだ」
洋子の笑顔が固まったまま、そしてそのまま表情が消えたかと思ったら、すとん、とソファに座ってうなだれ、泣いているような、苦しんでいるような声が出てきた。
「あなたはずっと、そんな風に私を見ていたんですね・・・」
「確かに、私はショウの姿を翔太に重ねていました。それでも翔太がいるような気がして。自分でもおかしいと思っているんです。でも、なんだかうれしくて」
「わかりました。あなたの言うとおりにしましょう。今まで苦労かけてごめんなさい」
「ショウという人の夢は、私の妄想なんでしょう」
俺達の大切な、なにかが壊れていくようだった。
哲也は、涙を堪えてうなだれた洋子を見つめ続けた。