3.成長と会話
日差しの強い夏の午後。
僕は11歳にくらいらしい。
今、こっちのお父さんの書類整理の手伝いをしている。
ベッドで2か月、走れるようになるまで4か月かかった。
生活してみると、やっぱりここは地球ではないことが分かる。文明の影もない。
そして夜に輝く星座も、見覚えのないものばかりだった。
人々は、馬に乗り移動し、牛に畑を耕させている。
街は夜は暗く、街頭も松明や蝋燭だった。
肉は特別な日のご馳走で、魚は食べたことがない。
僕も初めは大変だった。
全然起き上がれない。しゃべれない。
僕がなんだかわからない顔をしていると、記憶障害と思われて、いろいろ話をしてくれた。
自分のこと、この家のこと。
僕は川に落ちて意識を失って、それきりらしかった。
ふつうは、そんなにも寝ていると、諦めるのが普通なのだが、ここの母さんが頑なに断ったそうだ。
記憶が無くなったふりをして、情報を集める。
初めのうちはわからない、知らないで通した。
意外にそれは受け入れられ、不思議がられるようなこともなかった。
そして、起き上がれない間にこの世界の勉強をした。
何故か文字も読めるし、日本語が通じる所が不思議だったが、これは助かるな。
この世界の識字率はそれほど高くないみたいで、小学校1年生のような本でも、一般的ではなかった。
それでも、こちらの両親は、目の覚めた息子を喜び、手に入れるのに無理しただろうが、色々な本を揃えてきてくれた。
そのおかげで、いろいろな本が読めた。
勇者や魔法使いが出てくるおとぎ話かと思って読んだ本は、どこかの騎士の英雄譚だった。
僕が住んでいる街は、少し大きめの商業都市だった。
王様、貴族が支配し、冒険者がいる。
この何年かでわかったことはラノベでよくある転生もの、ファンタジーもの、というやつに似ている状況。
よく読んだ話では、チートだ、俺無敵、というものばかりだったが、僕にはそんな感覚はなかった。
家に帰りたい。
家族に会いたい。
でも、どうやって帰ればいいか、わからない。
日増しに強くなるホームシックが精神的に影響を与え、夜の悲鳴につながり、体調不良を起こす。
夜中に色々と叫んでいるらしい。
この世界の両親はひどく心配した。
「お父さんもお母さんもいつもそばにいる。心配しなくていい」
「チュウガクってなにかしら。怖い所だったら、ここにはないから。安心してね」
あの事故からおかしな子になった、とか、そういうようなことがなく、日々の生活の合間、そこまで裕福でもないこの家で、ありとあらゆる手を尽くして僕の病気?に対応してくれている。
いい人たちだ。感謝しきれない。
少し中身が年上であることか、まだ体が弱いからか、同じ年代の子供と遊ぶことができなかった。
前の僕と比べても、こんな感じだったらしく、それがおかしい、と言われることもあまりなかった。
そもそも、成長する実感も、環境でもなかった。
結局ひとりで本を読み、それでも手持ち無沙汰なので、近所の大人の人の雑用を手伝う。
言葉は少ないが、しかし話すと年齢に見合わない的確な判断や意見をする。
ここの両親は、本を読んでいたせいかも、といいつつ、だけど賢くなったね、と驚き、戸惑いながら受け入れた。
また、この国の王様が名君ということもあり、教育機関、図書館等は住民に開かれている。
僕はこの世界を知ること、そしてこの世界から出ていくことを調べるため、本に没頭した。
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秋になって、道には落ち葉が敷き詰められる頃。
洋子のショウの報告はエスカレートしていった。
大体が夕食の時に話題が出てくる。
哲也が聞きたくなさそうにしていても、洋子は何か訴えるかのように話し始めた。
「今日、ショウがね・・・」
「あの子ったら・・・」
「そうそう、そういえばショウが・・・」
邪険にもできず、聞いていたが、どうやらショウとやらは、どこかで過ごしているらしい。
寝たきりが長く、なかなか立てなかったこと。
ずっと本を読んでいること。
立ち上がって歩くのに苦労していること。
走ったときには、転んだけど、うれしそうだったこと。
向こうのお父さんの手伝いをしていること。
「ショウに友達がいないの。いつも本を読んでばかり。翔太の時もそうしてほしかったわ。でも友達は沢山いたほうがいいわ」
「そうだね。友達は大切だね」
なんて空々しい返事を俺はしているんだ。
ただ、一緒になって頷き、聞きたくもない会話を進め続ける自分の気持ちがただ、怖かった。
「あとね、時々私たちを呼んでる気がするの」
哲也の食べていた箸が止まった。
無理してでも病院に連れて行くべきだろうか。
恐る恐る洋子に聞く。
「・・・呼ぶって言っても、どこに行くの?」
「あはは。そういうことじゃないの。おーい、って感じかしら。そういう呼び方」
「ああ、なるほどね」
ギリギリかもしれない。
どうして、こうなったんだろう。
哲也は相槌も早々に切り上げ、ご馳走様と言い、ひとりになれる風呂に入ることにした。