11.出兵
僕は行軍中に今朝のことを思い出していた。
”そばにいる”
実際には無理なんだけど、素直に嬉しかった。
だけど、僕が死ぬ時も見られるのか、と思うとなんだか嫌な気持ちになる。
死ぬわけにはいかない。
僕は、生きるんだ。2人のお母さんと、2人のお父さんのためにも。
僕は槍をもっていた。
大量生産の粗悪品。
僕の所属は第2軍第3番槍隊。
イスカは少し後方の騎馬隊で、中隊の指揮を補佐する役だそうだ。
強く、貴族というものがうらやましいと思った。
小隊長から通達があり、第1波のあとすぐ、追撃の形をとるそうだ。
ただ、まっすぐに進め、戻るな、と。
・・・聞いていない。
辺境の警備だったはず。
周りの小隊を見回すと攻撃の陣形だった。
おかしい。
これはもう警備じゃない。
主力級、もしかしたら主力を相手にするかも。
横には同じ学校の少年がいる。
そいつは泣いていた。
「泣くなよ。泣いていたら前が見えないし、無駄に体力も使うから」
僕は自分のためにもそう言い聞かせる。
「死にたくない。行きたくない。戦いたくない」
「僕もそうだよ。あんまりそんなこと言わないでくれる?」
「・・・死にたくない。行きたくない。戦いたくない」
聞きたくないな。
僕は隊列を乱さない程度に少し離れた。
突然
「死にたッ!!」
不自然なほどの大きな声が聞こえ、横を向くと、彼の顔に氷の矢が刺さっていた。
氷の魔法だ。
「えっ」
目の前で、周りで倒れていく人々。
僕も叫びそうになったとき、後ろから命令が飛んだ。
「進めぇーー!!蹴散らせぇーー!!勝利は我にあり!!」
最前線はまだ先にあったはずなのに、魔法はそんなに遠くから飛ばせるのか。
僕は素直に驚いた。
嫌だ。
死ぬ。
嫌だ。
「う、う、うわあああああああああああ」
細い槍一本だけ持って、翔太は走り出した。
++++++++++
哲也は夜中に跳ねるように起きた。
体中が汗でぐっしょり濡れていた。
今回は俺のほうが精神的に参ってると思う。
震える声、泣き声、翔太の会話。
何かが飛ぶ音、そして人が倒れる音。
誰かの断末魔の叫び。
哲也は、見えないことが、わからないことがことさら恐怖を煽っていた。
悪い想像をかきたてる。
「どうなってる。翔太は。無事か」
横で寝ていたはずの洋子も起きていた。
「走っていくところまでは見えたんだけど・・・急に見えなくなって」
洋子も心配そうだった。というより取り乱す寸前に見えてしまう。
「叫んでいたのはわかった。何かに向かっているようだった」
「翔太・・・翔太・・・」
「しっかりしろ。応援するんだろ。助けるんだろ」
その言葉に、すこし落ち着いてもらえたようだ。
「そうでした。だけど、見ているだけなんてつらい」
「確かにそうだ。聞こえても、なにもできない」
どうなったか気になって仕方がない。
眠れない。しかし眠らないとわからない。
「洋子、頼みがあるんだ。あの病院に行って、眠れないって言ってくれないか」
「・・・わかった。もうダメって、全然眠れないって叫んでくる。」
洋子はすぐに察したようだった。
私達は眠る必要がある。
着の身着のまま、外出の準備をし始めた。
俺たちもせめて一緒にいよう。
それがどんな結果であっても。
哲也は洋子を見送りながら、思った。