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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
すごく先でちょっと前の狐噺
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季秋某日、神孤、使い先にて乙女と雑談(3)

 あらかた拭かれて、礼拝堂?という所に進み、四人で長椅子に座る。

 逃げないようにときらっとしたのとりんとしたのに挟まれた。


「あーあ、ちりんちりんアイスう……」


 と言いながら、きらっとしたのが自分の荷物の紙袋から黄色い、細長い箱を取り出した。


「あら、よいちゃん。きっと飲食禁止よ」

「いんじゃね?聖餐みたいな感じで行こう。ぶどうジュースあるしい」

「お腹すいた。祈って、食べこぼさないようにして、見つかったら懺悔しよ?」


「もうー。わたしの買った分、あの辺にお供えすれば許してもらえるかしら?」

「仏壇じゃねーんだから。りつ。お前いつもシスターの話ちゃんと聞いてる?」


 よいと呼ばれたのが箱から出したのはカステラだった。

 下の紙をつけたまま、ちぎって四つに等分しようとして失敗した。


「そういうとこ、大雑把よねえ」

「……そなんだよねー。あ、どぞ」


 そう言って、俺に一番大きい塊を差し出してくる。


「あ、もしやカステラ嫌いですか?」

「甘いもんよりつけもののほうが好きだ。その一番小さいのでいい」

「渋っ、じーちゃん子か。さては」


「そんなんじゃない」


 甘いものはそんなに好きではないが、出されたものを突き返すのが失礼な事くらい知っている。

 カステラを受け取って口にはこぶ。噛むと、なぜか口の中がじゃりじゃりいった。


「……石入ってるぞこれ」

「ぶー。ざらめです。ここのお店のは底にお砂糖の塊が敷いてあるんですって」

「つーか地元っ子っしょ……石……!」

「どこも地元の人ほど行かないでしょ。観光地とか名産品売り場とか」

「あそっか。スカイツリーとかまだ上った事ないわ」


 故郷はここではないが、言ったら「何でそんな所から」とか言われるに違いない。

 喋れば喋る程ぼろが出るので黙ってカステラを食べる。

 そういえばカステラは母上の好物だ。お元気だろうか。


「僕ちゃんお名前は?」

「言わない。子供扱いするな」

「うわああ生意気!たまらん!」

「こら。ごめんなさいねえ」

「もー。ほんと、もー……今、おじいちゃんと一緒に住んでるんですか?」


 よいが、そう尋ねてくる。

 最近は仕事の時に、結構な割合で顔を合わせる事が多いから「まあ、よく一緒にいる」と答えた。


「いいですね」

「別によくない」


「あら、親切なおじいさまなのに」

「女に甘いだけだ」


「ファンキーなじーちゃんー。いくつなん?」

「知らん。相当歳いってるが、ピンピンしてるし喧嘩は俺より強い」


「まあ」


 そうだ。だから昨日も助けられてしまった。


 毎回、何らかの形で世話になってしまう。


 次は手を借りない、と思って色々修行や工夫もしているが、追いつけないんだ。

 悔しい。

 頭が急に重くなって、何かと思ったら手が置かれていた。よいの手だ。


「わたしもね、きみくらいの時、おじいちゃんとずっと一緒にいたんですよ」


 笑って「おそろいですね」と言った。全然違う。

 本物の祖父母は何百年か前に亡くなっているらしいし。

 しかし、その「おそろい」なのがうれしそうなので、訂正しないでおく。


「お元気か」

「や、死んじゃいました」


 修行のつもりで会話を広げようとしたのだが、失敗した。

 俺の顔を覗き込んだ、さえがげらげらと笑う。


「もう、なんで笑うの」

「だってさー、聞いちゃいけない事聞いた!って顔してるから」

「あ、ごめんなさい。でも、概ねピンピンコロリってやつだったから大丈夫なんですよ?」


 乗せられていたよいの手が、そのまま左右に動く。見上げれば笑っていた。

 口ぶりから自分の祖父が嫌いな訳でもなさそうなのに。


「悲しくないのか」


 そういえばまだ知り合いを亡くした事は、ない。

 世の中には悲しみの余り祟る、なんてやつもいるのに、こいつは平気そうにしている。


「結構、前の事ですから」


 この姿の俺と、娘達はそう変わらないように見える。

 (とお)も離れていないだろう。

 なのに結構前なのか。そんな簡単に割り切れるものなのか。


「いなくなっちゃって、もう会えないけれど、一緒にいた時間がなくなっちゃった訳じゃないから、大丈夫なんですよ」


 言っている事はよくわからなかったが「そうか」と返事だけしておいた。

 俺より若いが、この娘は俺の知らない事を知っていて、それを否定する理由が思い当らなかったからだ。


「じーちゃんはなー媚び売っとけ。小遣いくれるからな!お前ならがっぽがぽだ!」

「そうねえ。めろめろね。あなたなら」

「肩とか揉んであげるとチョロイですよ。きみならきっと」


「……何だその、俺ならって」


 気になって尋ねたら娘三人は顔を見合わせて、同時に口を開く。


「「「かわいいから」」」

「は?」


 娘三人は笑顔で「だよね」「ね」「うふふ」などとお互いに言い合っている。


 連れ程ではないが、俺だって「凛々しい」「頼れる」「素敵」など言われるし、女狐(狡猾なのではなく、言葉通りの意味)が積極的に寄ってくるからあしらうのに難儀したりする。


 その俺を捕まえておいてかわいいとは何事か。

 ああ、子供の姿だからか。それにしても、


「かわいいって顔じゃないだろ」


 子狐の頃は子供にしか化けられない。そういうものらしい。

 今はその時を思い出して化けた姿なのだが、当時も利発、きりっとしたお顔立ち、などとしか言われたことが無い。


「顔?あー、顔はしゅっとしたイケメンなりそうな感じだな」

「なあんていうのかしら、一緒にいると、ほっこりしちゃう感じがするのよ」

「そうそう」

「どこが」


「さっきさー、カステラ食べるとき小声で「いただきます」って言ってた所とか」


 当たり前の習慣で、言わないと母上が怒る。


「ここ来るときに「逃げないから場所代われ、車道側は俺が歩く」って言われたし」

「マジでえ!?うっわー!!」

「あらやだ」


 これは下の姉上と母上から口を酸っぱくするほど言われた。

 上の姉上が「そういうのが嫌な人もいるから。てかめんどうで嫌だから」と二人を止めたが、多数決でやれ、という事になった。


「傘渡してくれた時にね、耳まで真っ赤だったのがなんだかきゅんとしちゃったの」


 それは走ったからだ。

 全部当たり前の事なのに、何でこんなに持て囃してくるのか。

 こいつらは俺の正体を知らないから媚びる必要などないというのに。

 落ち着かない。


「うふふ、弟がいたらこんな感じかしら」

「……姉は間に合っている」


 年齢的にはおそらく妹だ。妹分はとんでもないのがいて間に合っているし、お前らは姦しそうなのでいらん。


「へー姉ちゃんどんな?美人そう」

「上の姉上は快活で、下の姉上は温和しやかで、まあ、美人の部類」

「うはは姉上!かわいい!」

「二人もいるんですね。三人姉弟かー」


 五人きょうだいだと言ったら驚かれた。


「あら、負けちゃったわ」とりつとやらが笑う。


「写真ないん?」さえに聞かれたが、持っていないと答える。写真は嫌いだ。


 何故と問われて、カメラに凝っていた上の兄上にさんざん被写体にされて、もういいかとなった所で母上が「もっと」とせがんで延々つきあわされたから。と、答える。


「撮られた分、出演料もらえばいいんですよ」と、よいが笑って、

「でも一枚、勢ぞろいのやつ、撮っておいたほうがいいですよ」そう、続けた。


 そのあとも根掘り葉掘り家の事を聞かれて、話しすぎないように、話せることは話してやった。

 カステラの礼だ。何でか娘三人はうれしそうに、にこにこしていた。


 ああそうか。箸が転がってもおかしい時期があるというのは聞いた事がある。


 たぶんそういう類のものなんだろう。

 なんの話でもなんでも愉快なのだ。


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