季秋某日、神狐、使い先にて乙女と雑談(2)
「その容姿だと、怖がられちゃいますから。ああそう、九歳くらいの格好でお行きなさい」
進んでやっている事ではないが善行を行おうとしているのに、何故恐れられるのかと問うたら「きみがクール系イケメンだとしても、女の子は知らない男の人に近寄られるの怖いんですよ。相手が身構えないように笑顔つくったり出来ないでしょ?」とのこと。
作り笑いをする位なら、容姿を変えたほうがマシだ。
人の年齢に合わせた姿から子供の姿へ。
大人用の傘は長くて若干持ちにくいが、なんとかまとめて持って雨の街へ。
あの軒先までは距離があるから、途中までは屋根を足場に跳んで移動して、近づいたら人気のない路地へ降りて、一気に走る。
渡して去ればいいだけの話だ。
簡単な事。
そんな事を考えていたら、目的の軒先を通り過ぎてしまって慌てて戻る。
振り返った時に娘三人と目が合った。驚いている様子だ。そのまま駆け寄る。
「これ、くれてやる」
「あら、ええ?」
手前にいた、ふわっとした娘に押し付ける。そのまま走る。路地に入ったら上へーー
「こら、ていうか、ちょと、待ってください」
手を掴まれてぎょっとする。
かなりの駆け足だったのだが、子供の姿だったので追いつかれてしまった。不便だ。
掴んだのは三人のうちの一人で、きらっとしていた。
「あ、の、とりあえず、こちらへ」
軒先へ引きずられて行ってしまった。
簡単に振り払えるが、力の弱い娘相手にどれくらい加減したらいいのか解らない。
殺してしまったらことなので大人しく従う。
「えーと、大変ありがたいんすけど、どうしたこれ?僕んじゃないよね?」
りんとしたやつがそう俺に聞く。
困った、嘘は苦手だ。
人を騙すのが狐なのに、両親も兄姉たちもその方法を教えてくれなかった。
「……じいさんが、持ってけって」
あいつは若く見えるが父上や母上よりうんと長く生きているらしいので、間違ってはいない。
「あらあ、お礼を言わなくちゃ。どちらに?」
「一緒にお前らを見かけたが、用事があるから、もう行ってしまった。近くにはいない」
「じゃあ、きみ、どうやって帰るの?傘ないですよね」
「歩いて普通に」
「あらあ、じゃあ、お礼がてら送って行きます。一緒に帰りましょう?」
「色々寄る所があるから、いい」
「いいってー。もうグラバー園行く元気なくなっちゃったもん。ガチャガチャでもゲーセンでもつきあっちゃうよ?お姉さんたち」
何がお姉さんだ小娘どもが。とも言えず、次の言葉が見つからないまま立ち尽くしてしまった。
娘三人は俺の顔を心配そうに覗き込む。
どうしたものかと言葉を探していたら急に視界が明るくなった。
続けてばりばりばり、という轟音。
「きゃあ」
「わっ」
「やっべ」
三者三様、雷に怯えた後、顔を見合わせる。
「落ちたかしら?」
「近いね」
そんなに近くない。人はそんな事もわからないのか。
「ここさ、感電するよな」
まあ、万が一ここに落ちたらありうる。
「さっき、教会、あったわよね」
「あった」
「イエス!いい言葉だ」
つられて雨もひどくなってきた。
とりあえずそこで、雷が収まるまで雨宿りさせてもらえないか交渉するらしい。
好きにすればいい。
立ち去ろうとしたら腕をがっつり掴まれる。
見上げるときらっとしたのがにこにこ笑っていて、そのまま手をひかれる。
※※※※※※
「この傘かわいいわ」
「うん、見た事ない」
「ご当地ブランドとか?」
傘は端を縁取るようにぐるりと、しかしさりげなく、このあたりの有名な建築物がいくつか描かれていた。術の得意な長兄でもここまでのものは出せない。器用なやつだ。
しかも色違い。
ふわっとしたのが黄檗色、きらっとしたのが瑠璃紺、りんとしたのが淡紅藤を取った。
全員上を見上げ、傘をくるくると回している。きらっとしたのは俺を掴む手を緩めない。
雷が鳴る中一列になってしばらく歩いて、教会、という所に辿りついた。
「ごめんくださいな」
奥から女が出て来て、ふわっとしたのと話している。雨宿りを快諾されたようだ。
女は一旦引っ込んで、タオルを人数分持って来て俺達に渡す。
「まあ、ご丁寧に」
「あざっす」
「あなたたち、修学旅行?」
これは知っている。学校に行っているやつが、まとまって旅に出る行事だ。
人の学校に通っている知り合いに、八つ橋を貰った事がある。
「そです」
「この子は?」
「あ、えっと……」
「あら?まだ、小学校終わる時間じゃないわよね……?」
「う」
人間のふりをして生きているのだから人間の常識はある程度頭に入っている。
今の俺の姿くらいの子供は、平日のこんな時間に街をぶらついていてはいけないのだ。
子供じゃなくなってずいぶん経つのですっかり忘れていた。
あいつはそんな人間の常識知らないのだろう。多分。俺に輪をかけて常識はずれな存在だし。
ややこしくなってきた。無理矢理手を振り払って帰るべきだった。
「あの、あたしのいとこで!えーとどこ小っていったかなちょっと離れた所の子なんですけど偶然創立記念日で休みだったみたいで、わざわざ会いに来てくれたんですよー」
りんとしたのがすらすらと嘘をついたのに驚いていたら、そのまま抱きしめられて頭を撫でられた。
「はしゃいで、傘からはみ出しちゃってこんなんなっちゃってかっわっいいなあもうー!」
振り払いたかったが、してはいけない事位わかる。
女は「あらあらそうなの。わたし、雑務を片づけなくてはいけなくて。お構いできませんがごゆっくり」と、奥へ消えて行った。
固まっていたら、娘三人は顔を見合わせ、タオルを構えて俺に襲い掛かってきた。
「や、やややめろ!」
「あらあら、照れ屋さん」
「風邪ひきますから」
「そーそー、さしてもってきてくれりゃよかったのに。何でずぶ濡れなの」
「うるさい嘘つき」
「なんだよー『やべっ』って顔してたじゃん。助けてあげたのに。さては学校サボリストだな」
「あらあ、さえちゃん、お仲間じゃない」
「なんか親近感湧くと思ったらそれかー」
「違うし頼んでない」
「あ、結構濡れてるね。服、脱がせてうちらのカーディガン着せてあげよっか」
「そうね、そうしましょう」
「触るな!いいから!」
人生最大級の辱めだ。
相当嫌そうな顔をしていたらしく、さえと呼ばれていたのが「ま、お年頃だから服はほっといてやろう」と止めてくれた。