たまには突き当りを右、の話でも (5)/そんなに楽でもないんですよ、本当ですよのひと
「各々方、用意はいいかな」
「もちろん」
「お願いします」
コホンと咳払いして三四郎さんが立ち上がります。
「それでは、初詣ラッシュ、みなさまお疲れ様でした。乾杯!」
「「「カンパ―イ!」」」
グラスとグラスががっちゃんがっちゃんぶつかり合う音が、そこここで響いています。割れそうで怖い。掃除するの僕なんですけど。
僕だから遠慮なしなのか。
今日はここ、ごったがえしています。カウンターが満席、テーブルも満席。立ち飲み客あり。
バブル時のディスコでしょうか、いいえ。いつもの僕の勤務先です。
今日は1月22日、土曜日です。
去年の仕事納めの日に、三四郎さんがいきなり言い出したんです。
「なんていうか、ご褒美がないと、頑張れない気がするんだよね。来年の正月は」
と。勝手にブランド物でもご飯食べに行くでもすればいいじゃないですかと聞き流していたら、いつのまにかこのお店に集まってお疲れ会をすることになっていました。
いつも来ていて、いつも飲んでるのになにがご褒美なのか。
「つまみの小皿料理じゃなくて、大皿のやつでパーッとしてみたい」
「このあいだクリパしたの話したら、羨ましがられての」
「アクアパッツァ食べたいって」
「七面鳥とかええの」
「でも麗さまもお疲れじゃろうからあまりご無理は」
「椿が一人の日ならええんじゃないかの」
「大安か土曜じゃの」
「土曜かのう」
「じゃ土曜で」
「飲もう」
「飲もう」
そう言う事になったらしいです。
いきなりわがまま言われるよりはいいんですけどね。
あらかじめ言っておいてくれた方が色々仕込めますし。
初詣ラッシュも会社のご祈祷もあらかた終わったらしく、みなさんリラックスムードです。
実際大変なのは宮司さんとか巫女さんとかだと思うのですが、この人たちは何を緊張していたのでしょうか。謎です。
この格好で「神でーす」とか言って回る訳でもないでしょうし。捕まりますよ。
捕まった話は聞かないですから何もしてないでしょうが。
「飲もう。椿も料理出し終わったじゃろ?お飲み」
「おごったるぞー!」
「いえ、僕は明日早いので」
「なんじゃ仕事ないんじゃろ?」
「ちょっと外出の予定が」
「あーええのー、デートじゃろデート」
「もうあれじゃろ、今夜からお泊りデート」
「……ちがいますよ」
してーよ。お泊りデートしてーよ。という本音を飲み込んで笑顔を作ります。
明日は水族館デートなんです。二度目の。
遠出しようか、という訳で油壷マリンパークに行くんですよ。遠いから早起きなんです。
「まだええじゃないか。一杯か二杯くらいなら」
「じゃあ、一杯だけ……」
まあ、あと言われたお酒作るだけですからね。つがれたお酒をいただきます。日本酒です。
これお店にないやつです。持ち込みですかね。気づかなかった。
「おいしいですねこれ」
「ええじゃろ。最近ここの気に入ってるんじゃ。持って帰って嫁と飲んだらいい」
「いえ、まだ未成年ですから」
そして嫁じゃないっつーの。もう何度訂正してもそう呼ばれるので放置です。放置。
「ええのうあんな美人で若い嫁」
「へー美人なん。写真とか持ってないの?」
「ないです」
「あれ見たことなかったっけ」
「わしの社遠いもーん」
「そっかー」
本当は、写真はお財布に入っていますが見せません。
神様とはいえ、男の人にあまり小春さんを見せたくありません。最近なんか独占欲がすごいんです。
小春さんがいけないんじゃないんですけど、小春さんかわいいから、周りの男がちらちら見ていることが多くて、あんなにかわいければそりゃ見るしかないんですけど、多分見た瞬間に「あっ、かわいい」以上のこと考えてると思うんですよね。耐えがたい。
あー。粋連さんのこと思い出してしまった。
もやもやする。
「椿、もう一杯飲むか?」
「いただきます」
嫌なことは飲んで忘れるに限ります。
あの人の生活圏でデートしなければ金輪際顔合わせないで済むし。
そんな理由で明日は小旅行なんですよ。
朝早起きしなきゃいけないから、早いうちにお酒をいただいて、きりのいいところで辞退してお店を定刻通りに閉めないといけません。
という訳で持ち込みのお酒のおかわりをいただきます。
※※※※※※
「ごめんごめん椿くん、起きて、起きて!」
身体を揺さぶられています。
とてもうるさい。
いらっとして目を開けると知らない人がそこにいました。
いや、眼鏡がないセンセイでした。
状況がわからないのですが、起きてと言われたらそうした方がいいんでしょうからそうします。
部屋。ここは僕の部屋。
今は明るいから朝。
なんか布団ががさがさする。
不快の原因を探ると、予想だにしないものでした。
一万円札がたくさん布団の上に散らばっています。
「え?」
「え?はいいから、とりあえずシャワー浴びて着替えなよ」
「喉かわいたんですけど」
「知らないよ!ああ、今水持ってきてあげるから」
ばたばたしながらセンセイが部屋から出て行ったのですが、申し訳ないので四つん這いで布団から出ます。上手く歩けない。
コップを探して水を入れて氷をいれて僕に飲ませて、と、してくれながらセンセイが状況を説明してくれたのですが、僕は昨日の神様たちのお疲れ会で大失態をやらかしたらしいです。
ぐずぐずになりながら最近の欲求不満に関する愚痴を垂れ流し、あげく寝落ちしてしまったようで。
で、明日のデートどうすんだってなって心配したセンセイがタクシーで僕を連れて帰ってくれて、僕が朝起きられるか心配だから泊まり込んで起こしてくれるつもりだったらしいんですが、センセイも寝坊してしまったようで。
ただいま小春さんの家に朝ご飯食べに行きますねって約束した時間の30分後です。
「ありがとうございます。30分の遅刻じゃすまない所でした……まだセンセイ忙しいのに」
「いいから、そういうのいいから。酒臭いからシャワー必須だよ」
「あー。今年なんか酒が駄目なんですけど、そういう症状の病気とかあります?」
「知らないよ。なんでここで脱ごうとするのそして脱げてない!」
「それもそうですよね。なんか各所うまく働かなくて……」
ぼーっとしちゃって、まだ布団から2メートルくらいしか離れられてないですし。
今僕はお店の制服を着たままです。
動きやすいし格好いいんですけど、ボタンがちょっと多いんですよね……まごまごする。
指先に力が入らない。
「べストから脱ぎなよ。ちょっと、もースゲー嫌なんだけどー……ボタンだけ外してあげるから動かないで、後は自分でやってよね」
「あ、すいません」
言われるがままに大人しくしてセンセイにシャツとベストのボタンをはずしてもらいます。手際がいい。器用ですもんね。さすがお医者様。非合法だけど。
「あーあ。何が楽しゅうて朝から椿くんの服なんて脱がさなくてはいけないのか……!」
「センセイ、小春さんに変身する術とか使えないんですか?そしたら最高なのに」
「まだそんな煩悩残ってるの!?あんなに散々吐き出したのに」
「肝心のもの出せてないですからね。入れるっていうか。あ、品がありませんでした」
「今日デート中止した方がいいよ!絶対!」
完全にボタンがはずれきったシャツの胸倉をつかまれてがっくんがっくん揺さぶられています。
センセイの顔は心底心配そうです。そんなに僕やらかしたんですか。
「そういえばこのお金なんですか。会費制で最初に徴収しましたよね、昨日」
「ああ、それは……」
「あの、これは一体……」
予想だにしなかったけれど普通に考えれば予想の範囲内なのですが、うすらぼけた状態の僕と慌てているセンセイはそこまで考えが及ばなかった、そんな来訪者の声でした。
おめかしした小春さんが、立っていました。驚愕の表情を浮かべています。
えーと。今日は1月23日、日曜日の朝8時半。
離れてるとはいえ二組敷かれた乱れた布団。
衣服が乱れている男二人(センセイも皺になるからとかの理由だと思いますがセーターとか脱いで薄着でした)
会話がどこまで聞かれていたのでしょう。
玄関からここまでの距離を計算……頭働いてないからできない。
「デート中止したほうがいいよ」は確実に聞かれている。
ということはつまり。
「違います、センセイを欲望の吐き捨て場として利用して適当に捨てようとしたのに失敗して縋られている場面ではありませんからね、小春さん」
「お、ま、え、は、よおおー!キリッとした顔で何言ってんだ!あーもー!今死んでくれないかなこのポンコツ妖狐!」
「なんてこと言うんですか!先生。椿さんに乱暴しないでください!」
がっくんがっくん僕を揺さぶるセンセイを止めようと僕とセンセイの間に小春さんが滑り込んできました。
抱きしめたいのをこらえながら小春さんの肩をおさえます。
「違うんです、僕が悪いんです。割と死んで当然の失言です」
「なんてこと言うんですか椿さんまで!」
悲しみに顔を歪める小春さんを目にした僕。その心に最初にわいてきたのは
まっ最中にこんな顔されたらスゲーたまんねえな。
という邪な思いでした。
あ、マジで今日僕終わってる。
一日が始まったばかりなのに。
「あらあらあらあら」
今度こそ予想外でした。
小春さんのお母さんが寝室の入り口に立っていました。
位置までさっきの小春さんと一緒でした。目が合って、困ったように微笑まれます。
「ごめんなさいねえ。お邪魔だと思ったのにお父さんがついて行けって言うし、小春もついてきてって言うし。でもおはようのちゅーとかあるだろうから玄関先で待ってたんだけど、なんだか喧嘩してるみたいで、心配で」
呆然とする僕とセンセイ。立ち直ったのはセンセイの方が先でした。
「……ええと、小春ちゃんのお母さんっていうボクの予想、まちがってない?」
「そうです。あ、おかーさん、この人が椿さんの主治医の……何も知らない人からお金をたくさん巻き上げている先生だよ」
「何その失礼な紹介方法!?」
「あらー。こんなにお若いのに先生なの。立派ですねえ」
いやもうそこそこのジジイですよの言葉を飲み込んで曖昧に笑います。
見た目は男前ですからね。
小春さんと二人っきりにならないために、小春さんも気を使ってくれたのでしょう。だからお母さんがいらっしゃる。
しかしえーとここからどうしたらいいんだろう。とりあえずおはようございますかな。
お母さんは困ったような顔をして部屋を見渡した後、ぽんと手を叩き合わせました。
全然関係ないけど小春さんのお母さんはたぬきっぽいです。
「お母さんこの間テレビで見た!これ、援助交際ってやつでしょう!」
「「違います」」
小春さんのお母さんは場を和ませるために冗談とか言ってくるんですけど、いつもちょっとずれてるんですよね。
冗談だからといって聞き流せるものじゃないかったので否定したら先生と唱和してしまいました。
「あら、仲良し」
お母さんのコメントに小春さんはしかめ面をしましたが、申し訳ないより先にその顔で僕の事踏んでほしいとか思ってしまった僕でした。
今日僕駄目だ。
二日酔いを言い訳に、小旅行を中止して、小春さんの家でのおうちデートに切り替えました。
「せっかくですから」
と、センセイまでお家に上がり込んでしまって。
しかしこれ幸いとセンセイとからむようにしていたんです。
最終的に小春さんのお父さんと僕とセンセイの三人でいつぞやの約束のドンキーコングに熱中してしまいました。
小春さんはちょっと機嫌が悪そうでしたが、すいません。
今日もかわいくて無理だったんです。
大量の札束は僕の忍耐力に感動した神様達が「これで明日美味しい物でも食べておいで」と、服にいっぱい突っ込んでくれちゃったおひねりだったらしいです。
見れば見るほど普通のお金なんですけど、あの人達本当お金どこから調達してるんでしょう。怖くて使えません。ちなみに25万ありました。
昨日の宴会の人数は19人です。
誰が余分に。