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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺2
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たまには突き当りを右、の話でも (4)/有能クールで通ってるらしい粋連さん

 香ばしいにおいとトースターの出来上がり音で目が覚めた。

 水を飲みたかったので布団の中で粘るのをやめて起きる。台所にいた女と目が合う。


「あ、さ、ごはんとか作ってみたけど、もう帰ります。作り終わったら」

「……六枚切り四枚も食えるか。処分してから行け」


「ですよね、すいません」

「パンこれどうした」


「朝買ってきたー。一宿の恩を一パンで返すとか頭いいなと思ったのー」

「……………」


「ごめんなさい、くだらなかったでーす。隣の部屋の人って友達なの?買い物行くときに挨拶されてしまった。美人姉妹さんだね」

「ああ、まあ、遠縁のようなもの……」


 隣は天嵐さまの所の小手毬嬢がお住まいだが、姉妹……。

 あそこの家の長兄をこいつは女と見間違えたのだろうか。黙っていればそう見えない事もない。

 いらっしゃるのか。


「へー」


 お互い口だけではなく、手も動かしながら朝食の準備が進んでいく。

 トーストに具がいっぱい乗ったサラダにコーンスープ。朝から重い。


「いただきます」

「……いただきます」


 阿呆そうなのに、こういう挨拶を欠かさないのは時にめんどうくさい。

 食パンは八枚切り派なので、いつもより咀嚼に手間がかかる。

 バター塗りすぎで胃がもたれる、

 サラダなんぞに出来る野菜もなかったはずなのにどこから調達したのか。


「味、平気?」

「普通」

「もっとがんばるねー」


 食べながらの会話が苦手で面倒だ。返事をしないのに女はにこにこしている。

 いきなり我が物顔で指図してくる女より面倒ではないが、これはこれで落ち着かない。


「そーいえば、お正月とか実家帰らなくてよかったのー?お母さん一人暮らしなんでしょ?」

「家には絶えず人がいるから別に。空いている時期に帰ってくる」

「へー」


 必要のない場所で嘘をついたり、関係ないだろうと話を遮ると逆に怪しい。

 つくろわなくていい場所はそのまま話す。


「……すーくん」

「なんだ」


 いつも畳みかけるように話しかけてくるくせに、俺に話しかけたくせに、相手の話が一向に始まらない。

 視線をやると、いつものへらへら顔ではなかった。


「なんだ」


「えーと、この話するのこれで最後にするから、最後まで口を挟まずに聞いて。ええと、ええと、忙しいの知ってるけどうちの両親がー、法事でこっち来るので、出来れば立ち話程度でいいから会って欲しくて……最近物騒だったりするからあたしが心配らしくて、どんな人かちょっと見たいだけで、その、全然そういうのじゃなくて、でも、その、ちょっとの時間も作れないやつだったらいざって時どうするんだってまかせておけないっていうことで、地元の人とお見合いをしなくてはいけない事になってしまって……意味わかんないよね。でも言う事きかないと後でめんどくさくて……だから、すーくんそういうのいらないって解ってるから、そのうちお別れだってわかってるんだけど、もうちょっと一緒にいたいので来週の土日どっちかうちの親にあってもらえない、でしょうか」


 去年からの話題だ。三回目。

 この女とも三年ほど付き合ってるから、そんな話が出てもおかしくない。人間同士なら。

 泣く女は嫌いだ。面倒くさい。

 しかし、泣きそうなのにこらえる女はもっと面倒だという事を今知った。


「……お前実家どこだっけ」

「滋賀」

「ふうん」


 立ち上がって寝室に。

 枕元の引き出しから銀の鈴を取り出す。鍍金(めっき)ではなく純銀。

 白い組みひもがくっついたそれを持って、元の場所に戻る。


 女は顔を上げずに珈琲を飲んでいる。


(よう)」 

「うん?」


 女が顔を上げた瞬間に鈴を二度鳴らす。


 一度目で女の目の焦点が合わなくなったが、もう少し深くかけた方がいい気がして、もう一度鈴を鳴らす。


「俺とお前の関係は今日で終了する」

「はい」


「この家の場所を忘れる」

「はい」


「それで見合いの……そこは好きにしろ」

「はい」


「支度して出てけ」

「はい」


 命令通りに女は荷物をすべて持って出て行った。焦点の合わない瞳のままで。


 女と関係を終わらせるときは大体こんな感じだ。いつも通り。

 大体ごねて大変らしいが、人の心を操る術が使える俺はきれいさっぱりあとくされがない。


 さて。冬だから腐りはしない。後で食う。


 途中だがもう食う気の起きない朝食をほったらかして寝室に戻る。

 鈴を定位置に戻して、ベッドにもぐりこむ。

 二日酔いの日は人間でいるのが億劫なので、今独り身になったことが喜ばしい。

 あとでだと押し出すのが面倒なので服を全部脱いで床に落とす。


 本来の姿に戻る。

 毛足の長い狐である。しかも高貴な白狐。


 久々に元に戻れたので解放感から自然と手足が伸びていた。

 この姿だとベッドを広々使えるのがいい。

 セミダブルなのにクイーンサイズくらいの感覚でのびのび使える。寝相の悪いやつはもういないから、独り占めだ。


「なんか白髪いっぱい落ちてる!」


 って言われるから、こまめにベッドにコロコロをかけなくてはいけなかった生活はもう終わりだ。


 しばらく女はいい。面倒くさい。本当面倒くさかった。

 しかも名前が葉子ってなんだよあいつ。呼びづらいんだよ。

 マットレスをごろごろ三往復くらいしたら眠くなった。


 恋煩いは眠れなくなるらしいので、つまり俺はあの女にまったく未練がないという事だ。


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