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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
日比谷消極
9/155

特別な一日

 季節が変わって、故郷から便りが来ました。母からです。


 自分の死期が近い事、最後は一番得意だった藤の木に化けて、余生を過ごすので会いに来てもわからないから、来なくてもいいという事、僕の幸せを願う内容が綴られていました。


 それにあの黄楊の櫛が、同封されていました。


 父はその前年に亡くなっておりました。仲の良い番いでしたから、やはり寂しかったのでしょう。不思議と寂しくはありませんでした。


 僕ら下級の狐の寿命は大体20年ほどです。それでも父と母は下の上級位ですので40年程生きることが出来ました。人にしか化けられない僕はもう少し短いでしょう。

 この時点で生まれて20年は過ぎていたので覚悟はできていました。


 生まれたら死ぬのは当然の理。怖くはありません。


 ただ、心残りというか、両親があんなにかわいがってくれたのに、彼らが守ってきた術や血を僕で途絶えさせてしまうのは申し訳ないなとは思っていました。

 しかし今から慌てて番いを探しても僕が死ぬまでに妖狐が生まれる確率は低いですから、じたばたしても仕方がない事なのです。


 子供と言えば。と、彼女の事を思い出しました。


 元気だという話は彼女の近所の神様から聞いていましたが、どうしているのか少し気になりました。

 お店と彼女の新しい家は比較的近いので、ばれないように子供に化けて様子を見に行くことに。

 駅からそんなに離れていない、庭に木蓮のある一軒家。

 中を覗くのもなあ、と怪しくない程度にうろうろしていたのですが、タイミングよくベランダに彼女が出てきました。一緒にいる女性と、二人でてきぱきと洗濯物を干していきます。

 女性は愛おしそうに彼女を見つめています。母を思い出す眼差しです。


ああ、よかった。この人なら大丈夫。


 そう思って、そこを後にしました。


 またすこし時が過ぎて、彼女の家の近所の神様が「あの子最近元気ないんだよね」と、言いだしました。


 お休みの日に心配になって見に行くと途中の公園に彼女が。もう遅い時間なのに。

 なんだか心ここに非ずの様子でブランコにゆられて、とぼとぼと帰ってゆきます。

 次のお休みの日にも、また次のお休みの日も様子を伺いに行ったのですが元気がない。


 少し心配。


 こんな時僕が父のように、違う生き物に化けられたら家の様子を伺えたのですができません。


 考えた結果、女の人に化けて彼女のいない時に家を訪ねてみることにしました。


「前の家の近所に住んでいた」とか嘘をつけばいいのです。

幸い、そういうのがまだ通用する時代でした。


 急な来訪にもかかわらず彼女のお家の人は僕を何の疑いもなく家に上げてくれ、僕に彼女の事を色々聞いてきました。彼女を想っている事が痛いほどわかります。


「いい子過ぎるんです、やっぱり大人を信用できないのかしら」

 お手伝いを終えると自分の部屋に帰ってしまう事、聞けば話してくれるけど話しかけて来てはくれない事、よその子供のように抱き着いたりして来てくれない事などを教えてくれました。

 お店にいた時も控えめでした。

 ただ見た目は普通の大人の神様たちが、調子に乗って過激な高い高いなどをした時けっこう喜んでいましたし、眠いときなんか僕の足に遠慮がちに纏わりついて来たりもしました。大人というものすべてを信用していない訳ではないはずです。

 何が違うのでしょう。

ああ。

「ちょっと、あなた方が遠慮しすぎなのかもしれません」


 神様たちにとってあの子なんて、言い方は悪いですが、いい暇つぶしのおもちゃみたいなものですから、遠慮なしなのです。

 対してこの家の方は、彼女が大事だから、悲しい生い立ちだから、と怖がらせないように距離を少し取っている様に見受けられました。


 聞いた話から察するに、彼女はきっと甘える事を許されたことが無いから、したくても自分から上手くできないのかもしれません。

 そこを色々ぼかしつつ、そんな事をお話ししてお暇しようと思ったら「会って行ってあげて下さい」などと言われてしまいまして。

 この格好では誰か解りませんし、ばれたらばれたでことですから、「本当に小さい頃会ったきりなので彼女はわたしの事を知りません」と嘘をついたら「また相談に乗っていただけないでしょうか。今度はこちらから伺わせてください」と。

 困ってしまいました。勿論お店の事は言えませんし、僕なんてほんの数日間一緒にいただけです。目の前の女性よりも過ごした時間は少ないのです。

 女性は真剣な顔をしています。彼女の親になろうと必死なのでしょう。

 何かお手伝いがが出来たら。

 そうです。


「忙しいので、お会いする時間は取れないのですが手紙なら」


 もう必要のないものなのですが、郷里との連絡用に僕は私書箱を持っていました。


 相談に上手くこたえられるか全くわかりませんが、それでよければという提案をしたら是非、と言われたので連絡先を交換し、彼女の家を後にしました。

 さて、いつもの姿ではないものに化けるのはすこし疲れるのです。


 人気のない所で青年の姿に戻ってさあ帰ろうかと思った時に、公園に通りかかりました。


 彼女は今日もブランコにゆられています。

 女性のほうは彼女を大切に思っていますから、うまく解りあって幸せになれるといいな、と願いながらその場を後にしようとした所


「君、そこで何しているの」


 警察の方に声をかけられてしまいました。


 そうですよね。


 物陰に隠れて大人の男が、小学生の女の子を見ていたら、それは怪しいですよね。


 どう言い訳しようかと慌てていたら、彼女に気付かれてしまい、でもおかげで疑いが晴れて解放してもらえました。


 偶然通りかかったと言い訳をし、折角なので少し話をすることに。

 彼女の話ぶりから新しい家に何の不満もなく感謝していることが伝わってきました。

 きっと上手くいくことでしょう。もう少し何かできないかなと思い女性の話を思い返しまして、自分の部屋に帰ってしまうという言葉を思い出しました。

 一人で寝ているのかと聞くと、そうだという返答。そしてそれがさみしいと。

「おうちの人はね、多分そういうのを言ってほしいんですよ。もし、きみがおうちの人を嫌いじゃなかったら、一緒に寝てくださいって頼んでごらん」


 彼女がお店に滞在していた時に、人恋しくて暗い部屋が怖いと嘘をついたと謝られた事を思い出しました。

 僕は慕ってもらえて、頼りにしてもらった事が嬉しかったです。

 親にでもなった気分でした。

 彼女の親になりたいあの女性もきっとうれしく思う事でしょう。これでもう本当に大丈夫とお別れしようと思いました。


「あの、また、会えますか」


 か細い声で彼女は僕にそう問いました。


 人の世で生きていく彼女に、人ではない僕が頻繁に接触するのはよくありません。

 ですが、ほんのわずかの時間しか共にしていない僕を慕ってくれている、というのがなんだかうれしくて、無下にできる気がしませんでした。


 考えた結果、1年に1度だけ会う約束をして別れました。


 何も残せず死にゆく僕ですが、控えめ過ぎる彼女には、僕が神様たちに教わった世渡りのノウハウですとかをほんの少し伝授して、彼女の親になりたい人の手紙に出来る限り応えてすこし力になったりして、あの二人をつなぐことが出来ればそれが僕の生きた証になるのでは、と思ったんです。


 そうして、僕はほんの少しだけ人間と関わることにしました。


 最初は彼女と新しい家の人々との関係は抱きしめて、甘えてとうまく行っていたようでしたが、やはり実の母親にされた事を段々理解してきたのか、彼女はそう、里親さんに少しだけ反抗したりするようになりました。

「試し」行動っていうみたいですね。

 人間は複雑です。


 手紙で里親さんをはげましつつ、僕は彼女の事手紙で結構知っていましたから、会うときに好きな食べ物とか当てて見せて「すごい!」とか言われてすっかり信用させました。


 やりすぎな所を叱ったり、里親さんはこう思っているんじゃないかとそれとなく伝えてみたり。


 狐ですからこういう謀は得意なんです。


 ただまあ、彼女を騙していることには変わりありませんので、罪悪感からいつもお土産を用意していきました。


 里親さんとかぶらないように、すこし先の。そう、僕が居なくなった後にも使ってもらえるようなものにしました。

 あと子供なんでお菓子も。僕の大好きな金平糖にしました。

 目をキラキラさせてお礼を言ってもらえると、やっぱりうれしいものです。


 そんな穏やかでささやかな幸せのある日々はとても楽しいものでした。

 ですが僕はもうすぐいなくなる身ですし、手紙のやりとりから察するに彼女の家もうまく行って来たようですから、僕はもう必要なさそうです。


 次に会うので最後にしようと思いました。彼女が中学生になる前日です。区切りもいいでしょう。

 すこしの寂しさを胸に抱いて僕はその日待ち合わせ場所へ向かい、そして―――


「わたし、つねさんの事が好きです。一年に一度しか会えなくていいので、つねさんの恋人にしてもらえませんか?」


 ――――告白されました。


 彼女は僕の事を恋愛対象として好きだと言います。開いた口が塞がりませんでした。

 まだ子供なのに!

いえ。子供だから恋と勘違いしているのでしょう。


 辛い日々から逃げ出す手助けをした相手が、たまたま青年の僕で、まあ人から見れば好青年らしいので、だから「吊り橋効果」みたいなことで恋と誤解しているのでしょう。

 それを伝えつつもう会えないと言ったんです。

 久々に泣かれました。

 困りました。僕は彼女の涙に滅法弱いのです。


 例えば僕が彼女の事を好きで、何百年も生きる上等の妖狐でしたら、そういう選択肢もあったでしょう。最近は聞きませんが昔は人間の嫁をとる、みたいなことよくあったみたいです。

 でも彼女は子供で、僕はいつ死ぬかわからないのです。


 彼女は心優しく賢く、そして親の欲目みたいなものですが、とてもかわいらしい子です。

 そのままきちんと生きて行けば、きっと素敵な男性に見初められて幸せになれる事でしょう。


 子供特有の視野の狭さ、みたいのもありますが、先入観を持つことなく色々なものにふれて、色々な事を学べばきっとそうなれるはずです。

 それを伝えて、去ろうとしたら引き留められて「せめてもう一度会いたい」と言われてしまいました。会うにしても来年じゃ早すぎます。


考えて、

「3年後に、日比谷公園の鶴の噴水近くで待ち合わせしましょう」

 と、提案しました。

3年後なら僕の事、だいぶ忘れているに違いありません。

 そしていつもと違う場所なので来れない可能性もあります。

 僕がもういない可能性も。

 とにかく彼女の足かせになりたくないのでそういういじわるな約束をしました。


 里親さんとの手紙の交換も「仕事が忙しくて出来ない」と返信することを止めました。


 そうして、彼女と出会う前の生活に戻りました。寂しいなんてことはなく、目まぐるしく忙しい日々です。


 2年ほど経った秋の日のことでした。


 僕はこの時期に、神宮外苑の銀杏並木のベンチで読書をするのが恒例行事でした。

 その日も珈琲をポットに入れて、植え込みの一段高い所に腰かけてぼんやりとしていたのですが、大勢の見物客の中に彼女を見つけてしまいました。


 随分大人になっていたので見間違いかと思いました。

隣には同い年くらいの男の子。

 寄り添って楽しそうに話していました。とてもお似合いの二人です。


 ちゃんといい人を見つけたんですね。と少しさみしいような安心した様な気持ちで二人の背中を見送りました。


 

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