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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺2
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たまには突き当りを右、の話でも (3)/またの名を

 金曜日の終電に乗ろうとするやつは頭おかしい。

 ありえないほどに人が乗っている。


 すし詰めという表現があるが寿司の米はこんなに詰まっていない。

 もはや餅を作る装置だ。

 そこに突っ込んでいくことが分かっていて、なぜ酒をたらふく飲むのか。

 酒饅頭になることでも目指しているのか。


 いや、そこに突っ込むには正気ではいられないから酒の力を借りて自らを騙すのか。

 そもそも終電まで飲まなければいい話ではないか。


「また月曜ねー!ありがとおおーう!」


 そしてそんな所に笑顔で突っ込んでいく我が上司よ。

 この瞬間が一番生き生きしている気さえする。不思議な人間である。


「うわー。埼京線は無理ですわー……」

「これで混雑率一位じゃないらしいのが恐ろしい」


「こわやこわやですね」


 隣にいた、バーテンに執心な方の後輩が踵を返して、予想と別の方向へ歩き出す。


「お前小田急だろ」

「もう電車、なんか気分的に無理なんでタクシーで帰ろうと思います」


「そうか」

「え、なんでついてくるんですか」


「車拾うまでは送る。女一人でなんかあったらあれだ」


 現在一緒にいるのはこの、バーテンに執心なこの後輩一人である。

 まだ若いし、金曜の夜は理性が崩壊している男も多い。

 先輩という立場である人間ならそうする行為だ。


「さすが鈴木さん。出来る男」


 酒の強い所を見せようとしてつぶれて途中退場するより、酒量を調整してこういう所で二人きりになるのを狙った方がいいと思うのだが。


 言ってやりたい後輩はすでに途中退場済みで、俺に片恋(それ)がばれていることにおそらく気づいていないので、わざわざ注進するのもなんだ。


 相談をしたわけでもないのに第三者に口を出されるのも嫌だろう。自分だって嫌だ。

 新南口から駅を出て、タクシー乗り場ではない場所で車をうまく拾う。


「へー、ここ穴場ですね」

乗場(むこう)で並ぶのバカみたいだからな」


 術の研鑽を後回しにして、こんな無駄な知識ばかりが増えていく。

 タクシーに乗り込んだ後輩は完全に車に乗り込まず足を車外に放り出して、俺を見ている。


「何だ。タクシー代は自腹だぞ」

「そうじゃなくて、タクシー拾ってやったんだから、お前のうちでコーヒー飲ませろ的な要求とかないんですか?」


「……お前あのバーテンがいいんだろ」

「やきもち焼かせたくてああしてたって言ったらどうします?」


 こういう、すべて取り払ったら単純な答えしか残らないのに、あえて煙に巻くような無駄なやり取りは嫌いではない。

 挑発的な微笑みを浮かべる後輩を眺めて、俺はため息をつく。


「……早く車、奥入れ」

「はーい」


 身をかがめるようにしてタクシー後部座席の座面に手を付き、居心地悪そうな運転手の方を向く。


「すいません。下北沢方面に」

「あ、はい」


「あとこれやる。駄賃だ」

「えっ」


 背広のポケットに入っていた一次会の清算のあまりを後輩の手に押し付ける。

 三千円くらいあるのに、本人は不満そうだ。


「……欲しいのは別のものなんですけど」

「まったく見当がつかん。じゃあ月曜会社で」

「うそつきいじわるおやすみなさい!もー運転手さん、出してくださーい!」


 運転手の疲れ気味の返答とともにタクシーのドアが閉まった。

 見送るとバカみたいなのでその発進を待たずに踵を返して歩きだす。目的地は代々木だ。


 ※※※※※※


 山手線の内回りに乗って、秋葉原で降りて家まで歩くことにした。酔い覚ましにちょうどいい。


 ここも大分騒がしいがさっきまでとは雲泥の差だ。

 勝手知ったる地域だから少し安心しているのか。


 気持ち速足で歩いて、蔵前橋通りから少し入った自宅に到着する。

 三階建ての、大家はマンションと言い張るがアパートに毛の生えたような、そんな集合住宅だ。

 住人は全員顔見知り。

 同郷の者はいないが全員同族。妖狐だ。大家も妖狐である。


 そこに住んでいる俺も当然妖狐である。


 当たり前のことをなぜ今確認しようと思ったのか。まあいい。

 その妖狐の住まう集合住宅の入り口に、妖狐じゃない女が立っている。


「すーくん」


 俺を見つけたそいつはこちらに駆け寄ってくる。

 俺を待っていたんだろうから当たり前なのだが。


「約束はしていないはずだが」

「ごめんー顔見たかっただけだからすぐ帰る」


 女は会社員で、家は浅草で、関係は恋人のようなもので、種族は人間だ。

 また足を出して寒そうな格好をしている。風邪をひいても俺が看病するわけではないから別にいいのだが、阿呆なのだろうか。

 承諾もなく抱き着いてきて、頭を俺の身体にこすりつけて、勢いよく離れる。笑顔だ。


「充電完了―、じゃあね、日曜に」

「じゃ、って、どうやって帰る」


「歩いて」

「送っていかないからな」


「わかってるよ、約束してなかったし。あたしが勝手に会いたかったから来たんだし」


 阿呆だが、愚かではない。

 約束したこと以外の場所には踏み込んでこない。面倒くさくないやつだ。

 そこは気に入っている。


 歩き出そうとするその女の手を取って、そいつの目的地と反対方向に引っ張る。

 驚いたような顔をしているがそのまま引っ張る。


「どうしたの?」

「……送るのが面倒だから。寝てけ。始発で帰れ」


「……えー寝過ごしちゃいそうなんですけどー」


 返答が面倒くさいのでそのまま建物に入る。右手の中身はおとなしく引っ張られて来る。


 ※※※※※※


「えへへ」

「なんだいきなり」

「なんか、そういえばいつの間にかお前じゃなくなってるなーって」

「うるさい」

「すーくんすき」


 そういえば人間で俺の本当の名前を知っているのはこいつだけだ。

 母からの留守番電話メッセージを聞かれてばれた。

 親子間のあだ名のようなものだとごまかしたのだが、それ以来そう呼ばれる。

 別におかしい響きではないのでそのまま呼ばせているだけなので特別扱いとかではない。

 鈴木から取ったで説明がつくし。


 それだけの理由だ。

 別に今までの適当に付き合ってきた女たちと変わらない。


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