北の国から`95冬~一家離散気味~/後編
「そう考えると椿君は恵まれてるよね」
「どう考えるとですか。あなたって、たまにわたくしと話しているつもりで全部頭の中で会話を終わらせますよね。それやめてって言ってるでしょう」
「すまんすまん。ほら、東都に出てきた妖狐がぶちあたる問題をすべてスルー出来てるというか。お仕事安泰だし、住み込みで家賃なしだし」
「あら、もう住み込みじゃないんですよ?」
「え?引っ越したの?なんでまた」
「あれ、言いませんでしたっけ。椿お嫁さん見つけたんで、ほらあそこであのままって訳にいかないから」
「へー、おめでたい。所帯持ったの。椿君。結局誰と」
「……まだお嫁さんじゃないって言ってたから、おめでたくありません」
「えっ?」
それまでおとなしくしていた茉莉が口をはさんできたので驚いた。
視線をやってさらに驚いた。
いまだかつてない、4歳児が浮かべてはいけないような荒んだ表情で、茉莉は餅を咀嚼していた。
「ああ、茉莉ってば、椿のお嫁さんに横恋慕しちゃったの」
「ええ!?」
「だからー!違うって言ってたもん!とうさま!食べ終わったらおれに術教えてください!椿をコテンパンにできるやつ!」
「あれ、「ぼく」やめたの」
「椿と被るからやなの!」
「そうなんですよせっかくかわいかったのに……」
「あ、うん、そっか……ええー、茉莉と同じくらいの狐なの?」
「山茶花の4つ下ですけど、山茶花よりずっとしっかりしてよくできたお嬢さんでもうわたくし自分の狐育ての至らなさに恥じて消え入りたくなるようないい子です」
「山茶花だってちゃんと根はまっすぐな、可愛い狐じゃないか。そんな風に言うものじゃないよ。そんな……そんな年頃のお嬢さんいたっけ。どこの狐?」
「人の子です」
「は?ツチノコの亜種とかじゃなくて、人間のお嬢さんって事?」
「あなたの頓珍漢なその事実確認方法嫌いじゃないけど今はむかむかするから三が日中は自粛してくださいな。そうですよ。もうお人形さんみたいにかわいいのに椿が目に入ると可憐な笑顔をうかべてさらに可愛くなって、性格はまっすぐで素直で、お部屋はきれいに片付いていて、趣味は料理と刺繍と編み物と読書と映画鑑賞で、冬休みの宿題はとっくに終わっている、本当にできた人間のお嬢さんですよ。あとマッサージがとってもお上手!」
「堅香子、ねえ、よくできた人間のお嬢さんに何させてんの?」
「コツを教わったのであとでやってあげないこともありませんよ。はあ……ほんとう、お似合いのふたりで。変にひねくれず真面目でこつこつ頑張っている狐にはふさわしいご縁があるものなんだわって納得の、お似合いの二人でして……もううちの二人にはそりゃー、いいお嫁さん来ませんわって納得するような……そんな二人で」
「そんな言い方はないんじゃないかな」
「あるでしょう。こうしてお正月だというのに年賀状一つ、電話一つよこさないなんて。一体どこをふらふらしているやら」
「二人とも年末、きみのいない間に電話よこしたよ。ごめん、私が言い忘れていたんだ」
顔を合わせればこの調子でガミガミ言うから「母上殿のおらんうちに」って挨拶の電話をよこしてくるはめになるのに。
またキーってなるから言わないけれど。
さらに言ったらぶっ倒れるんじゃないかという事まで聞かされてしまったが、黙る。
黙っているのが男の約束だ。なんとか話ずらさないと。
「ね、ねえ、そんな、どこで知り合ったの?椿。それで色々大丈夫なの?人間って、普通の人間なんでしょう?」
「そうよー。もうこの話、泡沫ちゃんとこで散々話して飽きたから、小手毬が起きて来たら詳細を聞いてくださいな。はあーあ……もううちの狐そろいもそろって……」
話をずらすのには失敗したが、意気消沈モードに入った妻の怒りゲージは下がったようだ。一安心。
「とうさまー術―」
「あー、うん。まあ、そろそろ新しいの覚えてもいいころかもね。何したいの?」
「あにさまくらい格好いい大人に化ける!そしたら小春はきっとおれに……」
「無理です。小春ちゃんそういう子じゃないし」
「うん、小春ちゃんは知らないけど、大きく化けるはまだ無理だね」
「えー!」
茉莉、ちょっと人間に化けるのへたくそだからね。
そこ、まがうことなき母似だね。