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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺2
85/155

北の国から`95冬~一家離散気味~/中編

 

 居間にはすっかり食事の準備が整っていた。

 おせちにお雑煮、火鉢に乗った餅。


 不機嫌そうだった妻は私の格好を見た瞬間表情が和らいだから、この服で正解だったのだろう。


「とうさま。お餅何個ですか」

「2つ」


「当たりましたね!さすがかあさま」


 賭けるものはないが賭けでもしていたのだろう。妻がふふ、と得意げに笑った。


「あとの二人はどうしたね」

「山茶花はふてくされてふて寝です」


「後で部屋になんか持って行こうか」

「いいんですよ。自分からこさせないと。あなたって本当山茶花にばっかり甘いんですから」

「…………」


 去年の暮れに、妻とこの末子の茉莉は二月ほど家を空けていて、その間我が家は次女の山茶花と私の二人暮らしだった。

 妻はその期間の次女の生活態度が気に入らなかったらしく、帰ってくるなり大喧嘩であった。


 主に山茶花の部屋が汚いとかである。


「術でぱぱっとやればいいじゃん」


 と、荒れた部屋を山茶花はきれいにぱぱっとしたのだが、それも妻には気に入らなかったらしい。


「そういうことじゃないんです!後であなたが困るのよ!」


 だそうで。

 どっちの言い分もわからんでもないが、口を挟むと面倒なことになるのうけあいだったので、久々の対面となった茉莉とから土産話などを聞かせてもらっているうちに、争いは決裂したらしい。


 なんだかんだ冷戦4日目である。


 昨日もう一戦あったらしく、それで山茶花は出てこないのだろう。


 甘いというが、身体が弱い()だ。

 興奮させすぎるのはよくないと思うのだが、妻はこの件に関しては引かない。絶対に引かないだろう。

 山茶花が音を上げるの待ちというところ。

 妻とのけんかは長引かせた方がめんどくさいから早めに折れろという注進をしておこう。


 さて。


「じゃあ、小手毬は?」


 うちのしっかりものの長女である。

 今年の夏に東都に出て、用事ができたと言ってそのまま向こうで暮らしている。


 正月は帰らないと聞いていたのに妻と茉莉と一緒に帰ってきたので、嬉しいのだが、はてどうしたのか。

 うちで暮らしているころも、用事がないときは早寝早起きの()なのだが。


「術の特訓しすぎて疲れて寝ています。加減知らないんだからあの()は」

「とっくんて、いっぱい修練て意味の、特訓?」


「そうです。ほかにどんな特訓があるんですか」

「そういえばそうだ。しかしなんでまた」


 長男の八汐(やしお)は攻撃的な術、次男の皐月(さつき)は武芸と術の合わせ技、次女の山茶花(さざんか)は繊細な術に、それぞれ長けていて、ほかの分野は並みもしくはそれ以下なのだが、小手毬はどれもよく使う。


 ほかの兄弟の得意なものを抜かすことはできないが渡り合うくらいは可能だ。

 大変に優秀な()で、今更何を修練しているのか。


 妻はやれやれとため息をついた。


「椿がね」

「椿って誰だっけ」


「ほら、科戸(しなど)のひ孫の、神使(しんし)みたいな事してる」

「あー。あの、山茶花とよく遊んでくれた()か。彼がどうしたの」


「……あなた、人間に化けてる状態で、服だけ変えられる?」

「え?やったことがない」


 考えたこともやろうとした事もない。


「椿はね、それ出来るんですって。着物も着た状態で化けなおせるんですって。それでね、だいーぶ細工の細かい服も出来るんですって。その、ハイブランドの服とか、見ただけで模倣できるらしくて。でも服だけは出せないんですって。着た状態じゃないと無理で。それって逆に難しいでしょう」

「はー、うん、大したもんだ」


「大したもんなんですけど。小手毬はそれが自分ができないことが悔しいらしくて、特訓中なんです。いい大人なのにあんなに負けん気が強くて、大丈夫なのかしら」


 君に似たんだと思うという言葉は飲み込む。

 妻も娘を心配しているようで実は自分がそれをできないことが悔しそうな雰囲気だ。


 妻は人に化けるのがあまりうまくない。

 この年相応とは言えない、20歳そこそこの容姿もそのせいだ。

 おばさんとかに化けるの本当につかれるらしいのだ。


 小手毬と山茶花の父なので、やはり歳相応に化けなければ周りの人間の目がおかしいので、私がその役をしている。

 しかしおかげで私は人間のふりをして暮らしているこの地で、若い後妻をもらった超羨ましい中年男として認識されてしまっている。

 本当は姐さん女房なのに。


 妻が毎日疲れるよりは、毎日私が冷やかされる方がましなので甘んじてからかいを受けているのだが。結構頑張っている。


 椿君は確か人にしか化ける術しか使えないんだったな。

 うちの三人と似た感じで、一芸に秀でたタイプという事か。


「なにがどうってわけじゃないけど、人間の世の中で暮らすには便利な術だねえ」

「まあ、そうですね」


 故郷が別にある妖狐が、人間のふりをしながら東都で暮らす際に、必ずぶち当たるのは金銭問題である。


 地元ならある程度生活の基盤が整っていて、金策のノウハウもあるので生活には困らないのだが、あそこはそうもいかない。


 ずっとホテル暮らしという訳にもいかないので定住するところを決めなくてはいけないのだが、人間のふりをして人間の物件を借りるのがまず不可能である。


 身分証作って、家賃引き落とし用の銀行口座を開設して、不動産屋騙して保証人も確保して所得証明出して、というのが、まあそこそこくらいの妖狐の術では無理なのだ。

 出来る連中にとっても術の維持がむずかしいのでできればやりたくない。


 その不可能・めんどくさいを、さくさく可能にするために、彼らは首都圏に土地を持つ妖狐の一族が管理している物件に世話になるのだが、これがちょっと割高である。

 むろん現金払い。


 まあ、彼らもそれで生計を立てているわけだし、固定資産税とか大変らしいのであまり文句は言えない。


 で、そんな面倒な手続きを踏んで東都に出てこようとする妖狐というのは、地元でくすぶっていることを良しとせず、一旗あげようと出てくる若い妖狐なのである。人間とほぼ一緒だ。


 人間と違って彼らの望む「一旗」は、術や自分の知恵を使って、仲間内から称賛されるような「何か」を行う事である。

 謀ったりして、人間の世界にちょっとした騒ぎを起こしてやるのだ。


 それはスマートでなくてはいけない。

 残虐であったり、汚いやり口を使ってはいけない。

 人間に妖狐という存在がばれるようなことをしてはいけない。

 など、制約がある。なんとなくではあるが。


 昔だったら人間に混ざって合戦に参加して武名をとどろかせるなんて方法もあったが、今それはできないので、彼らは日々その「何か」をなすべく必死なのである。


 様々な角度からアプローチを模索しているらしい。

 勉強会とかあるらしい。

 派閥まであるらしい。

 そんな所まで人間みたいにならなくてもいい気がするのだが、彼らからすれば私などうるさい年寄りみたいなものなので口は出さないでおく。


 人間にバレて、サーカスに売り飛ばされたりワイドショーで見世物にされたりしなければ、好きにやるがよろしい。


 理想はいくらでも高く持てばいいと思うが、それを東都で為そうとすると金がかかる。彼らの多くは人間観察を兼ねて人間に混ざって労働をしているらしい。


 これが結構若様たちには大変らしいのだ。


 使われるのには慣れていないし、わかっているつもりでも人間と妖狐の常識はちょっと違う。

 地元で両親祖母などから聞いていた都の情報はもうすっかり古くなっていて、実際来てみたらあまりの変わりように放心状態になってしまった若者もいたっけ。なつかしい。

 そんな訳で、彼らは働き口を得ることとそれを維持することに苦労しているらしいのだ。


 それに関して思いつめすぎて、人間のふりをして大学に通い一般企業に就職してしまって忙しすぎて一旗どころではない妖狐もいるのだが、あの()どうするつもりなのだろうか……今後……


 まあ都会に出て来られる妖狐なんて人間でいうところのいい所のボンボンなので、実家から仕送りみたいなものもあるのだろうが、親のすねをかじって生きるのも恥ずかしいし田舎で悪目立ちせずに出来る金策というのもなかなかないだろうから()の負担を減らすべく、けっこうつつましい生活を送らざるを得ないらしい。


 衣食住の、住はのっぴきならない事情で削れないし、食は狐の状態で採ればかさは減らせるが、霞を食って生きるわけにもいかないし、で、衣。


 若いから女の子とちゃらちゃら遊びたいらしく、自分を飾ることに熱心なものが多かったような気がする。10年前はそうだった。


 謎の服で実家帰ってくるって嘆きをちらほらまだ聞く。


 人間に化けることとそれに付随する術なんて基本中の基本だから、多分ボンボン達それを工夫するという発想ないんだろうな。

 ただでさえ雄の妖狐はこまやかな術より派手なものを覚えたがる傾向があるし。


 それができるようになったら生活費浮くなあ。


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