北の国から`95冬~一家離散気味~/前編
冬が来るたびに札幌に住めばよかったと後悔する。
ロードヒーティングなるものが敷いてあるから、降ったそばから雪が解けて道路に雪が積もらないらしい。つまり雪かきがいらないという訳で。
毎朝雪かきしなくていい訳で。
無論行政のフォローはあるのだが、自分でできることは自分でしなくてはいけない。
本当なら術で吹っ飛ばしてどかした雪で雪まつりもびっくりの雪像を作ったりもできるが、人目があるのでそうもいかない。人力で頑張らなくてはいけない。
更にご高齢のご近所さん家のお手伝いもしなくてはいけない訳で。
高齢と言ってもバリ年下なのだが、だからと言ってしゃきっとしろなどと説教する気分にはならない。
我々と人間は違うのだから。
世の中助け合いで回っている。
お手伝いしたらなんかいっぱい食料をいただいてしまうので、ただ働きという訳ではないのだが、毎日だとちょっと面倒……
しかし札幌だとなんかあったときにだまくらさなくてはいけない人数がちょっと多すぎる。ここでいいのだ、と、自分を納得させる。
今まで人付き合いはすべて妻に任せていたが、男手が必要な場面が多い北海道ではそうもいかない。
立派な余所者である今は怪しまれないために愛想を振りまくことも必要だという事は理解しているが、長年、気が遠くなる長年、崩さなかった生活スタイルをいきなり変えろというのも、なかなか大変なのである。
もうここに引っ越してかれこれ10年。
いい加減慣れろ、という話なのだが、慣れたからこそ不満が思い浮かんでしまう余裕ができたというか。
「とーうーさーま!朝ごはんですって!おーきーてーくーだーさーいー!」
弾丸のような勢いで布団に突っ込んでくると危ないといつも叱っているのにこれである。
しかし懲りないでやってくるところが可愛いと思ってしまうあたり、私も親ばかだ。
「うん、わかった」
布団から起き上がり、腿の上あたりでごろごろしているうちの末子をひょいと抱き上げる。
会わない間にまた大きくなった気がするがどうなのだろう。
後で体重計に伸せてみよう。
成長は嬉しいが、上の子達と同様、あっという間に大きくなって親元を離れてしまうのだろうな。
という未来が見えて寂しい気持ちにもなる。
やれやれ。私もずいぶん感傷的に、人間臭くなってしまったものだ。
吐息で笑って、子供ごと立ち上がる。
「あ、布団畳まないとだめですよとおさま!」
「あとでやるあとで。母様には内緒にしてくれ。男同士の秘密だ、茉莉」
「しょうがないですねえー!そこまでいわれては!」
うん。かわいいのでお年玉をはずんでやろう。
抱き上げたまま居間へ向かう。
妻の郷里の、出汁の香りが廊下までふわんと漂っている。寒いからと言って換気扇を回していないのだろう。
「すまんね。寝すぎてしまった」
居間の奥、台所であわただしく動く背中に声をかける。
「年甲斐もない」と上二人にののしられるが、私は似合っているので構わないと思っている、高めに結ったポニーテールがすっと弧を描いた。
「はいは……その恰好はなんですか」
「寝間着」
「寝間着にしても……その足首すぼまったジャージとかいつのですか。みっともない」
「吉岡さんがくれたんだが、一回くらい袖を通さないと感じ悪かろう」
「お正月ですよ?お正月にわざわざそれって」
「わかったわかった。着替えてくる」
妻の堅香子は私の身だしなみにうるさいのだ。
茉莉を降ろして、わざわざ箪笥を探ってああでもこうでもないとするのは面倒なので、化けなおすことにする。
いったん廊下に出て、脇の物置に入る。
さて、本日は元旦である。
正月といえば晴れ着だが、そこまですると文句を言われそうな気がする。
まず狐に戻る。
久々に戻ったが、相変わらず、欧米人のプラチナブロンドのようないい毛並みである。
私は妖狐の中でも希少な金狐である。
さて、人に戻りながら服どうしよう。
妻はとっくりのセーターにスカートだった。
身体の線が強調されるのであの恰好やめてほしい。外出時にあれで出かけようとしたら、今度言おう。
今日は一日家でのんびりするのだろうから、いいのだが。
おそろいでいいか。
黒いとっくりセーターに、ジーンズ。妻は脚にぴったり沿うような形のものを好むのでそのように。
しまった靴下出すの忘れた。やり直し。
完璧。一応身だしなみは確認しておくか。
洗面所に寄って、自分の姿を確認する。
40代くらいだが、雰囲気は若々しい、そんな男がそこにいる。
穏やかそうな見た目に反して名は天嵐という。まあ、名前の通り昔はやってやったが、今はよく落ち着いたものである。我ながら。
「あなたって狐の時ほんとうへちゃむくれですけど、人に化けるとそんななんて、詐欺だわ、ほんとう詐欺」
と、妻が顔を赤らめて言う、ロマンスグレイのおじさまだ。
うちの次男の皐月が年取ったらこんな顔になるのだろうという、顔。
そもそも私あっての次男なのだからこの例え、おかしい。
しかし狐のときにそっくりな妻と長女の小手毬は人になると全然違うし、狐だと私に似ている次女の山茶花は人に化けると妻そっくりだったり、色々謎である。
次男は妻の祖母似の赤狐だ。
人間の言う遺伝みたいなものが我々にもあるのだろうか。
化けて出るときにそれが干渉してくるのだろうか。
そうだとすると、一族に1匹もいないのにいきなり産まれたこの末子の茉莉の毛色はなんなのだろうか。
人間だったらこういう時に研究を始めるものとか出てくるのだろうが、我々はほったらかしである。
そういうものなのだ。
あまり遅いと妻の機嫌が悪くなる。そろそろ戻らねば。