とりあえずお餅は好きな方のようです
「椿さん、お水飲みますか?」
「あ、すみません。いただきます」
コップの中身を飲み干す椿さんを私は真剣に観察します。お顔が真っ赤です。
「めずらしいわねえ」
「食べ合わせかな」
「……まったくもって面目ないです」
初詣もつつがなく終わり、おそろいのお守りを買って
二人とも着替えるのでいったんそれぞれの家に帰ってから、
着替え終わった椿さんがうちに来てくれて、
おひるごはんにおせちとお雑煮を食べて、今です。
どうやら椿さんはお屠蘇で酔っぱらってしまったようなのです。
なんかぐにゃぐにゃしています。
「日本酒だめな……飲めないもの持ってこないわよねえ」
「そうなんですよね。それ毎年送ってもらってるやつなんで……あれなんで、お暇してまた夜うかがいますね」
「だめです、絶対ダメ。それなら私ついていきます」
「いけませんて、そんな」
「あら、小春はおとーさんのお世話で慣れてますから役に立ちますよ?」
「ねー」
「…………」
「いや、本当に、大丈夫ですから」
「でもねえなんかあったときに三階から椿くんを病院に運ぶのとうちから運ぶのじゃ大変さ全然違うから。できればうちで様子見てほしいわ。あれ、病院……?」
「いいいざとなったら、かかりつけ的な人はいるんですけど」
「そうなんですか、椿さん」
「センセイ電話つながるんで、おねがいします小春さん」
「えっ、お忙しいんじゃないんですか?」
「いや、家にいるって……」
やっぱ、5万円無駄じゃないですか。もう終わっちゃった話なんですけど。
「とりあえず、横になった方がいいんじゃないかね」
「あっ、そうです椿さん。私の部屋で休んだらいいじゃないですか」
「いやいやいやいやいや」
「さっき約束したじゃないですか。お部屋でお話ししてくれるって。起きて具合よかったらすぐできます。時間短縮です」
「いやあのそんな」
「ああ、和室、まだ小春の片づけてないから、そうしていただくのがありがたいわあ。二階だと涼しいから、すっきりするかも」
「ほら。ですって。椿さんお布団出すと洗濯とか大変なので、私のお部屋に」
椿さんとお父さんがアイコンタクトをしました。しなくていいのに。
いったいどんな以心伝心ですか。妬けます。
「……じゃあ、ちょっとだけ……すいません、失礼します」
よろよろ立ち上がる椿さんに続いて、私も部屋を出ます。廊下はひんやり冷たい。
「椿さん、手つなぎましょう」
「そこまでじゃないですよ。大丈夫です」
「じゃあ、先に行きます」
心配なのもありますが、つなぎたかったのもあります。
先回りして階段を上って、私の部屋へ。
えーと。あ、机の上汚いんだった、片づけて、ベッドのお布団を寝やすいようにがばってして。
暖房を弱めにかけて……
「……すいません。お邪魔します」
準備間に合いました。
「あ、どうぞ」
「そんな、座ってるだけで大丈夫ですから」
「どうぞ」
「……すいません、失礼します」
申し訳なさそうに椿さんは私のベッドにもぐりこみます。
ひやっとした風を感じて、追うと部屋のドアが開きっぱなしでした。閉め忘れちゃったんですね。
「小春さん、二人っきりだから、開けておいてください」
「寒いから嫌です。その、私が一緒が嫌なら、出ていきますから」
「嫌な訳ないじゃないですか」
「じゃ。失礼します」
立ち上がって部屋のドアを閉めて、椿さんと視線が合うような場所に腰かけます。
「……僕、なんかしそうになったら悲鳴とか上げてくださいね」
「はいはい、わかりました」
「絶対ですよ?」
「あ、椿さん、おもち食べ過ぎたのがいけないんじゃないですか?ズボン脱いだらいいと思います」
初めて食べたストーブで焼いたおもちがお気に召したようで、椿さん4個も食べていましたから。おなかぱんぱんのはずです。
「無理です」
「覗いたりしませんから。苦しいでしょう」
ぐぬぬ、という顔をした後、椿さんが「覗かないでくださいね」と、頭を布団の中に入れて、もぞもぞしはじめました。かわいいです。
「こないだ、茉莉くんのお母さんもそんな事言ってました。覗かないでください」
「ああ、やっぱり。普通じゃ無理ですもんね色々」
「……今度は自力で頑張ります」
「そ、そういう意味じゃないです」
それまで布団越しにお話しだったのですが、勢いよく椿さんが顔を出しました。
髪の毛ぐしゃぐしゃでかわいいです。
気づいてないみたいだったので撫でて整えます。
「椿さん、かわいいです」
椿さんはばつが悪そうでしたが、そのままなでなでを受け入れてくれます。
「格好いいと言われたり、僕はどっちなんでしょう」
「どっちもです。今はかわいい」
「あんまりうれしくないです」
そう言って椿さんは自分の頭を撫でていた私の手取って……
あ、キスしてもらえる。
「あ、歯磨いてない。駄目だ」
しょんぼりした顔で、椿さんは離れて行ってしまいました。
そのまま枕に顔をぽすっとうずめます。
いいのに。
と、思ったのですが、私もご飯食べてそのままです。
しましょうとはとても言えません……
「ううー……」
「お水もっと飲みます?」
「いえ、大丈夫です」
「私ここにいても大丈夫ですか?」
「できればこのまま側に……」
お許しをもらったので、このままここに。
椿さんは仰向けになって薄く目を閉じています。
そういえばまつ毛もきつね色です。男の人にしては長い。
と思ったところでそもそも私はそんなにまじまじと男の人を見たことがないことに気づきました。
いいんですけど。椿さん以外、まじまじ見たい男の人なんて存在しませんから。
人型もさることながら、狐の時の椿さんの寝姿がたまらないんですよね。
ごろごろごろーって転がって、壁のある所で止まったらくるんて仰向けになって後ろ足でその壁を探るところが本当にかわいくて……
私の好きな椿さんランキング第二位なんです。
寝相の悪い狐の椿さん。
「……小春さん」
「あ、はい」
思い出の中の椿さんに思いを馳せていたら、目の前の椿さんは片手で両目を覆う状態になっていました。
「濡れたタオルとか持ってきます?」
「……あ、いや、そういんじゃなくて……なんか、さっき、すいませんでした」
「え?」
「粋連さんが」
ああ。はい。そのことですか。
「というか僕が……」
「なんで椿さんが謝るんですか」
「いや、もっとびしっと怒らないといけない所でした。格好悪かったですね」
「そんなことないです」
「……なんか、昔からこうで」
「え?」
「自分が今怒ってる、って自分で解るのが遅いんですよ。煮立ってきたときにはもうその話が終わっている、みたいなことが多くて。今後も小春さんにああいう嫌な気持ちさせちゃうことが、普通の人より多いかもしれません。気を付けていくつもりですが……」
「そんな、全然本当に気にしないでください」
私は全然、へっちゃらなんですが……そうです、でも椿さんはもうちょっと自分が言われたことには怒っていいと思います。
なんか、全然言ってる事的外れというかなんというか。むかむかしてきてしまいました。
なにか。なにかないかと私は言葉を探します。
「――私、茉莉君のお母さんにも、うちのおかーさんにも「男の人を見る目がある」って言われたんですけど」
「え?」
「自分から、あるかなって、二人に聞いたんじゃないですよ?話の流れで、言われてて……で、椿さんはとびきり素敵で、あの人は全然、なんにも、ひとっつも、小指の先ほども、素敵なひとじゃありませんでした」
椿さんに元気になってほしくて、思いついたのは結局人の悪口でした。
情けなくてベッドの、椿さんのいない場所に頭を埋めます。
こういうんじゃないのに。
椿さんはいつも、誰も傷つけない言葉で私を優しい気持ちにしてくれるのに、私にはそれができません。
いつかできるようになるのでしょうか。
そしてそれは――――
「……粋連さん、人型はあんなですけど、本当はとてもきれいな白狐さんですよ」
「へー。あのひとの顔をもう覚えていません。本当に興味がないので。椿さんが一番です」
「あの人もねえ、なんか大変なんですよ?子供のころ粋連さんが川で溺れちゃって、助けようとしたお父様が流されちゃって、お母様が心配性になっちゃってそれで独り立ちが遅れちゃって……」
「あのひといくつなんですか」
「えー。僕の10歳くらい上ですね」
「10歳!おじさんじゃないですか。おじさんなのに、なんかあってもそんな事で拗ねて椿さんに嫌な事言うとかおかしいです」
「上の妖狐さんたちは長生きな分、時間の流れがゆったりなんですよねえ。覚えなきゃいけない事もたくさんありますし」
「でも独り立ちしたら、関係なくないですか?」
「……小春さん、なんか、ご機嫌悪いですか?」
好きな人をばかにされて怒らない人がどこにいるんですか。
私の事はいいんですけど。
やっぱり椿さんは優しすぎます。
でも、優しい椿さんは好きで。
でもあの人に関しては
「嫌い!」
「やなやつ!」
ってめためた愚痴っていいタイプのひとなんです。あのひとは。
むー。むーです。
「……ごきげん、斜めかもしれません」
「えっ」
「だから酔っぱらいのところ申し訳ありませんがぎゅってして一緒に寝てください」
「駄目です」
「なんで優しいくせにそこ即答なんですか椿さん」
「……ほかにやれることは何でもしますから、僕をあまりいじめないでください……」
そう言って、椿さんはあっちをむいてしまいました。
……むーです。
「……ちなみに、センセイはどうなんですか。男の人として」
「え?先生は男の人とか人間とかじゃなくて、先生という生き物っぽいです」
「……それ、本人の前で言っちゃだめですよ。意外とナイーブですから」
「あ、はい」
どうして先生が出てきたんでしょうか。謎です。
そっぽを向いたままの椿さんが何かつぶやきましたが、独り言のようだったのと、内容にいまいち自信が持てなかったのでそのまま聞こえなかったふりをしておきました。
聞き取れた感じでは
「そうですよねえ。あんまり目に余るようだと、そうですよねえ」
でした。
その前の会話とつながっていなかったので、おそらく気持ち悪くて出ちゃったなにかうめき声だったのでしょう。
それが間違って言葉のように聞こえてしまっただけだと思うのです。