そろそろお互い地が出てくるんでしょうかね
「へー。ストーブで焼くんですか」
「そうなんです」
「後で楽しみです」
「よかったです」
小春さん、なんかちょっとお話ししたい気分なんですって。
僕らは今、駅のベンチで雑談中。
やっぱりおじいちゃん狐様たちがおっしゃっていた通り、下心が収まってきた気がします。
いえ、相変わらずあるにはあるんですが。
間欠泉のように勢いよく吹きこぼれることがなくなってきて、鍋からこぼれない沸騰の状態をキープできるようになっているというか。
今の小春さんを脱がせても、着せられないというところも抑止力になっている気がします。
そこをどうにかするために女性用の着付けをマスターしようと謎の情熱に燃えている僕もおりますが、今日すぐ習得!
という訳にもいかないので、今日は一安心です。
それにしても今日の小春さんはおかわいらしい。
畳まれた着物を先に見せていただいて、きっと似合うだろうなあと予想ができていたのですが、実際目にするとまた予想以上のかわいらしさでした。
お人形さんみたいで。
それなのに毛先を見せないように髪を結い上げられているせいで露わになったうなじからはもうたまらない色気が……
あっ、僕、今いけませんでした。
ガツガツしてた。
火に油を注ぐようにも思えますが、小春さんが好きだ、の、きゅん。を、自覚すると、下心がちょっと収まる気もするのです。
使ってくれてうれしい。
どっちか気に入ってくれるかな、と、簪を二本贈ったのですが、両方活かして使ってくれています。
しかも……しかも。
それに加えて結われた髪には大輪の、椿の花を模した髪飾りまでついていて……
なんでしたっけ。この、はさむんですよね。
伊達……そう、伊達衿と同じ赤の椿の花で、布製で、ころんとしてかわいくて、そこに僕のあげた蝶々の簪がひらひら飛んでいるように揺れていてですね……。
とてもかわいいです。
しかも半襟も白地に真珠色の椿がばーっと刺繍されていて、点々と赤い椿もある、みたいな柄で……。
「去年買うときに、好みのを選んだら、ぐ、偶然こうだったんです。えへへ」
って、はにかんだ小春さんのまあーかわいかったことかわいかったこと。
そんなわけで、いつもかわいいのに今日は特にとってもかわいいのです。僕の恋人は。
さっき大島紬を粋に着こなした、江戸っ子のおじいさんに冷やかされちゃって、ちょっと嬉しかったりして。
なんか僕のほうもあれですし、見る人が見ればペアルックのバカップルみたいなんですけど、たぶん気づかれないので大丈夫です。大丈夫です。
「そういえば、毎年初詣の場所ってここなんですか?狐さんは」
「いえ。僕も正月は地元に帰ってましたので、普通に初詣するの今年が初めてなんです。都会にいる狐はですね、ほらなんとなく穴守稲荷とかに集まってるらしいですよ」
「そっち行かなくていいんですか?」
「そのー、人間の姿に化けてこっちで暮らしてる妖狐って、小手毬ちゃんちみたいにセレブの人なんですよね。なので普通の家の狐の僕はちょっと顔を出しづらく」
「普通の狐さんは、どうして人に混ざって暮らさないんですか?」
そこで、術に関しての説明と、僕ができることに関してかいつまんでお話ししました。
本当なら動物か植物数種類にも化けられるはずなんですよね。
まあ、都会ではなんの役にも立たないんですけど。
突っ込まれて聞かれたので父と母の話なんかも。
小春さんはとても真剣に、僕の話を聞いてくれています。
「本当ならもうちょっといろんなものに姿を変えて、小春さんをびっくりさせられたんですけど」
「いいです。今のままの椿さんで。というか、そうじゃないといやです」
「え」
「だって、人に化けられるのが上手じゃなかったら、店長さんと東都に来ても、あんまり外出歩けないんでしょう?そうしたら椿さんに会えなかったってことですよね」
微笑んだ小春さんが僕の手を、取る。
「私には、ラッキーってやつでした。こうして一緒にいられるんですし」
あ、なんか
泣きそう。
両親は飛びぬけた一芸を喜んでくれたし、長老様もほめてくれたんですけど、一種類しか使えなくてかわいそうだから擁護されてるんじゃないかって、思った時期も少しあって。
くよくよしても仕方がないし、店長さんにこっち連れてきてもらって、術は相変わらずだけどそれ以外でできることが増えて、自信もついて、これでいいんだって思えるようになってってしながら今日まできたんですけど。
今、ほかでもないこの人に肯定してもらったことが、たまらなくうれしい。
「そうですね。僕にもラッキーでした」
この気持ちをくれたこの人を倖せにするために、僕、あとなにができるんだろう。
出来ることはしたいし、出来なくても出来るように頑張りたい。
やわらかくて小さいのに、僕をとびきり幸せにしてくれるその手を痛くないようにぎゅっと握ります。
ああ、永遠にこうしていたいなあ。
「あれ、椿じゃん」
そうですよね。
人生、そううまくいかないですよね。
呼ばれて振り向くと、キャメルのコートをはためかせた、スーツの若い青年が立っていました。
横にはセクシーっぽいお姉さんがいます。青年の方を、僕は知っていました。
「ああ、どうも。あけましておめでとうございます。粋連さん」
彼もまた、妖狐です。
そこそこのおうちの。
あー。この辺に住んでるんでしたっけ。
これから行くところですか。初詣。
「えーすーくんのお友達ですかーこんにちはー!あたしー」
「うるさい」
柏手が、ホームに響きました。
地下なので大変によく。
その瞬間に、お姉さんの顔から表情が消えます。
「黙ってろ」
「はい」
それまでとはうって変わった、明るさがひとつもない声でお姉さんが答えます。
そういうの、得意なんですもんね。
それにしても、こんなところでぽんぽんと使うものではない気がするのですが。ばれて困るの僕じゃないから別にいいんですけど。
「なけなしの家財でも突っ込んだの?いい着物じゃん?」
挨拶に返答もなしにそれですか。相変わらずですね。
「八汐さんも皐月さんも着てくれないから使ってくれって、堅香子さまにいただいたんですよ」
「お前って相変わらず、そうやって取り入るのうめーのな。役立たずのくせに」
下級なのにこんなところにいるから、なんかへまやらかして妖狐の存在が人間にばれたら大変だからって面倒見てくれてるんですよ。たぶん。
それはすいません。
僕はこの人が大変苦手でして。
向こうもそうなんだと思うんですよね。
僕なんて敵じゃないんですから、わざわざつっかかってくる必要ないと思うんですけど。
なんで話しかけてくるんだろう。
なんて返そうかと彼の顔を見たら、視線が合わない。
彼のそれは僕の隣に向けられていました。
「ああ、それが噂のお前の嫁ってやつ?」
ここまで伝わっていたか。
堅香子さまにばれたその日に泡沫さままで伝わって、泡沫さま大層おしゃべりだから、おじいちゃんおばあちゃん妖狐さまがたからお祝いなんだか暇つぶしなんだかの電話がじゃんじゃんかかってくるんですよね……電話番号が僕の許可なく流出しているっていう……
だから、なんか、そのお年寄りの妖狐には僕と小春さんの話が回っているらしいんですが。
この若手グループにまで。
……余計なことして。もー。
「お前も考えたよな」
「はい?」
「妖狐の嫁もらえないけど嫁ほしくて寂しいからって、かわいそうな子供騙して囲い込んでそこまで育てたんだろ?お前にしては知恵絞ったじゃん?いい具合に育ってよかったな」
――――前言撤回、僕はこの人が大変嫌いです。
怒りのあまり言葉が出てこないんですけど、この人、正論を言ってもなんか変な風に受け取るから全然伝わらなくて言い返すの面倒なんですけど、言わなければ。
この人にわかって欲しいから言うのではなく、小春さんを侮辱するようなことを言って僕が憤っていることを表に出さなくては。
とりあえず小春さんの事値踏みするようないやらしい目で見るのやめさせないと。あんまり、攻撃的な術とか使えないんですよね。
どうしてくれようか。
「椿さん…………!」
そのとき、僕の袖が強くひかれました。
そうですよね。
傷ついてますよね。
様子が気になって僕の袖を引いた、小春さんの方を向くと、なぜか
幸せいっぱい夢いっぱい!
みたいな笑顔を浮かべていました。
ええー……
あのー……ね、小春さん、今、あなた、侮辱されたんですが。
「いつからですか、椿さん」
「は?」
「その、わ、私の事お嫁さんにしたいと思っていつも会いに来てくれてたんですか?いつからそうだったんですか?もしかして最初からですか!」
えええええそこ!
そこときめいちゃうポイントなんですか!
聞こえてなかったってことですか?
なんか色々は!
「ちちち違います!変態じゃないですかそんなの、全然違います!もっと、もっと後です」
「じゃあ、いつなんですか教えてください!」
「え、いや無理です。無理ですから!」
「無理なくらい前からですか?ふふふ、一気に聞いちゃうともったいないので後で聞かせてください。新年早々とっても幸せです。私の記憶に椿さん以外の男の人の情報いらないんでこのままどなたか存じ上げない感じで一生お別れしたいんですが、いいこと教えてくださってありがとうございましたあー♡よいお年を!」
「ハァ!?」
あ、いきなり話しかけられて粋連さん面食らってる。
ええ。僕もです。
「ど、ど、どうしたんですか小春さん。ご機嫌すぎやしませんか。隠れてお屠蘇でも飲んだんですか??」
「あっ。私なんか変な事言っちゃいました?すいません。だって椿さんが、お正月早々格好いいからいけないんです。好きです」
「えっ」
「……嫌いですか?」
僕の膝の上に両手をついて上目遣いで見つめてくる小春さんは、超ミラクルスーパーおかわいらしゅうございました。
「い、いや……あ、あの……あと、あとで……ちゃんと……伝えます」
「お部屋にあとで行ってもいいですか」
「だめです」
「……じゃあ、私の部屋……」
「そ、それなら」
「やったー。あと、さっき恥ずかしくて言えなかったんですけど、半襟も髪飾りも、本当は茉莉くんのお母さんと一緒に作ったんです。椿さんづくしにしたくて……こういうの、重いですか……?」
「え、え。そんな……ことは……えっ、あの、小手毬ちゃんたちが泊まってた日ですか。あれから?」
「おかーさんにも茉莉くんのお母さんにも本当にいっぱい手伝ってもらっちゃったんですけど、出来るところは、頑張りました」
「小春さんが担当したところ、見たいです。どこですか?」
こないだのマフラーといい、器用なんですね。
僕はそういうのはからきしなので、尊敬してしまいます。
「ちょっと私も今こことはわからなくて……あの、後で、外したり脱いだりしたら……いっぱい見てくださいね?」
お母さんに着付けをほどいてもらったら、その、長じゅばんについた半襟と外した髪飾りを見てください。
という意味だというのは重々承知なのですが、頬を染められて恥ずかしそうにそんなことを言われたらとんでもない事を連想してしまうのは男の性でして。
うあーもう鶯谷に連れ込んで脱がせていっぱい見たい……!
やっぱ!全然!沈静まってない!!
「―――うっわ!アッタマ悪そうな女!」
吐き捨てるような言葉とともに、粋連さんが去っていきます。
「おい、行くぞ」
瞳に力のないお姉さんが、そのあとに続きます。そのまま渋谷方面行の列車に乗り込んで、行ってしまいました。
なんとなく二人でそれを見送ります。
電車が行ってしまって、降りた人たちの声でホームがざわざわしはじめました。
「――あのひと」
「え?」
「嫌なひとでしたね」
静かで。
それはいつもと違ってとても静かな声で。
驚いて小春さんを見ると、いまだかつて見たことのない、冷たい瞳で、行ってしまった電車の方向を見ていました。
「おかーさんが、言ってたんです」
僕の視線に気づくと小春さんが僕に向き直ります。
頬に、瞳に、言葉にやわらかいぬくもりが戻ってきたように思えます。
「人に嫌なことを言う人って、幸せじゃないんですって。だから、言われたことを逆手にとって、むりやり話を、幸せですって流れに持っていって、幸せ自慢するといなくなるって言ってました。人が幸せだっていう事をわざわざ否定すると自分が幸せじゃないって自覚することにつながって、プライドが許さないんですって」
粋連さんはどうなんでしょう。
恵まれてるから、もう性質な気もするんですが。
どうでもいいひとなので、どうでもいいんですけど。
小春さん、嫌な事、言われたことあるんでしょうか。
ないとわざわざそんな話しないですよね。
小春さんのお母さんは相手が僕だと知らないけど、僕に小春さんについて手紙をくれていたから、それで全部知ったような気になっていたけれど、多分違うんですね。
直接会えた一年に一回、数時間では話せる内容は限られていますし。
僕の知らない時間、小春さんはどんな日々を過ごしてきたんだろう。
知りたい。
このひとの全部を知る時間が欲しい。
「あの、小春さ」
「……15分過ぎちゃいましたね。ごめんなさい」
「あ、いえ、すいません。なんか、嫌な気分にさせて」
「椿さん、何にも悪くないじゃないですか。へんですね」
立ち上がって手拭いを畳む小春さんに僕も続きます。
なんとなく会話もなく、電車を降りたばかりの人たちと一緒に階段を上ります。
前を歩くご家族は5万円奉納するから絶対大丈夫!みたいな話をしています。
いろんな人が、いろんな願い事持ってるんでしょうねえ。
全然違うのに、行くところは同じ。
なんだか不思議ですね。
階段を登り切って、引き続き前のご家族に続いていたら、お母さんが素っ頓狂な声をあげました。
ハンディ地図を持っています。
「あ、違うわ!あら?あら?広小路、ここ……」
「なんで道順調べておかないの」
「だって大きい所だから、流れについてけばいいと思って。あの、あの」
お母さんに話しかけられました。
ご家族の行きたい詣で先と僕らの詣で先は違う場所でした。
「えーと、もうこのまま進んで、清水坂下って交差点があるので、そこをひたすら今の状態の、左手側にむかってずーっといくのがわかりやすいと思います」
「あ、ありがとうございます」
そんな話をしているうちに僕らは目的地に到着しました。お礼を言われて、ご家族と別れます。
うまくつけますかね……
「……あの、言ってはなんですが、おさい銭の無駄だと思うんです……教えた方がいいですかね……」
「いえ、あの、大事なのは、気持ちなんだと思います……」
ご家族の背中を見送る小春さんの視線がひどく冷たいです。
さすがに粋連さんと同レベルの扱いはやめてあげてください。小春さん。
なんか今年ブラックすぎではないですか小春さん。
それもまたドキドキしますが。意外な一面に。