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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺2
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明かしてくれないものを沢山お持ちのひと

 身体がとっても重いです。

 でも、私、がんばります。


 いつもより着ているものが多いというのもあるのですが、いつもより動きに気をつけなければいけない、という事がプレッシャーになっているのでしょう。

 心頭滅却すれば火もまた涼し、みたいな要領でがんばります。

 全然重くないです。動きづらくないです。そんな気分になってきました。いけそうです。


「手、繋いでる方が歩きにくかったりしませんか?大丈夫ですか?」


 隣を歩く椿さんが、私の顔を心配そうにのぞき込んでくれます。


「だ、大丈夫です。歩くの遅くてごめんなさい」

「いつもより歩幅が全然制限されてますからね。小春さんは何も悪くないですよ。タクシー拾っても全然いいんですよ?」


「そうすると、ほら、背中気をつけなきゃいけないので、で、あの」

「ああ、そうでした。僕じゃどうにかできませんから。そうですね。じゃ、頑張りましょう。何かあったらすぐ言ってくださいね。別にそのへんで済ませても僕は全然かまわないんですから。小春さんが一緒なら、それでもう十分で」


 えへへ、と照れた様子で笑う時の椿さんは、私の中の好きな椿さんランキング第一位の顔です。つられて私も笑ってしまいます。


 私も一緒にいられればそれでいい、という、同じ気持ちなのですが、近所の神社で済ませたら、他に行く所もないのですぐ家に帰る事になってしまいます。


 いやです。椿さんと二人っきりになりたいのです。

 外なら二人でも大丈夫なんですって。


 こうして手を繋いで歩くのも、久々です。しかし遅れをとっています。

 そうです履物も草履なので、ちょっと戸惑っています。はい。


 予告通り今日は私、振袖を着て、初もうデート中なのです。


 デート名は小手毬さんのお母さんが、そう連呼したので、なんだかそれでおかーさんと私の間で定着化してしまいました。

 おかーさんとおとーさんは、明日初もうデートに行くらしいです。

 お父さん、夜更かししてまだ寝てますからね。


 今日はお正月で今は朝の9時です。


 あんまり遅く行くと初もうデート先が、大変な混雑になって、身動きできなくなっちゃうので。

 さっとお参りしてのんびりお散歩しましょうか、作戦なのです。


 門前仲町から地下鉄に乗り込みます。

 やっぱり朝早いですから人はまばらです。すぐ乗り換えなので、扉の脇に立つことにします。

 あぶないので、手すりをしっかり持って。えーと、そうです。


「吊革とか手すりを持つときは、袖から腕が出ちゃわないように、袖口を反対側の手でつまむと、エレガントに見えます」


 なのです。おかーさんの教え通りに。よし。

 私が掴んでいる手すりのすこし上を掴む手が現れました。クラスの男の子と比べても、大分大きい手。


「すみません。僕も今日ちょっと慣れないので」


 申し訳なさそうな椿さんも今日はおきものです。青っぽい羽織と着物。


 あり得ない位格好いいです。私今、自分の目がハートだという自覚があるのです。いつぞやのスーツも素敵でした。最近見てないですが、バーテンさんの格好も。


 椿さんに格好いいですって初めてお伝えした時「そんな事初めて言われます。小春さんは趣味がちょっと変なんですね」と、返されてしまいました。


 格好いいのに。周りに見る目のない人ばっかりだったんですね。

 ……でも、お礼を言わなくてはいけません。おかげさまで、こうして椿さんの事、独り占めできている訳ですから。


 見とれていたら日本橋についてしまいました。これから乗り換えです。あ、電車を乗り降りする時は、袖を前で持って。はさまれたりしないように。


 完璧です。


 階段は更に着物の裾をちょっと持ち上げます。踏んじゃわないようにと、歩きやすいようにです。

 少し上ると銀座線ホーム。

 あまり待たずにやって来た浅草行に乗り込んで、また同じように扉脇の手すりにつかまります。


「そういえば、振袖ってふつう成人式ってやつの時に誂えるんですよね。確か」

「そうみたいですね。でも、「成人式とあと、誰かの結婚式に着るくらいだと、買うの勿体ない気がする」っておかーさんが言い出して、身長も中学二年生で止まっちゃったんで去年作ってもらっちゃったんです。で、毎年お正月に着ようって」


「ああー。折角誂えて箪笥の肥やしになっちゃうのは勿体ないですもんねえ。いいですねえ。毎年こんなきれいな小春さんが見られるなんて」


 来年も、褒めてもらえるのでしょうか。


 椿さんに聞く訳にはいかない疑問です。そうでありますように、と、少し気の早いお願いが涌いて来てしまいました。着いたらしっかりお願いしなくては。


「……狐さんは、成人式とかあるんですか?」

「あー。ちゃんとした家だと、それなりの何かがあるみたいですけど、僕は普通の家の()でしたから。東都(こっち)来るときに、代々の何かちょっと持たされたくらいですね」

「そうなんですね」


 もっと、詳しく聞いてもいいのでしょうか。

 昔はよく困った顔をしてはぐらかされてしまいましたが、今は、もう少し許してもらえるのでしょうか。


「そうなんですよ」


 知りたい、という気持ちと、困らせたくないな、という気持ちが私の中にあって、答えがすぐに出せません。


「……私も普通の家の子ですから、お揃いですね」


 手すりを握る椿さんの手に、自分のものを重ねます。椿さんはふふ、と微笑みます。

 私の好きな椿さんランキング3位の、大人の微笑み椿さんでした。

 そうこうしているうちに、目的の、末広町に到着しました。


「ちょっと、ベンチに座ってもいいですか?鼻緒がきつくて。伸ばさせてください」

「あ、はい」


 二人で並んで、ホーム端のベンチへ。


「汚れるといけませんから」


 と、椿さんは懐から手ぬぐいを取り出し広げ、ベンチで私が座る場所に敷いてくれました。

 しょ、少女漫画とかだけのお話だと思っていました……!こういうの……。

 辞退するのもなんなので、有難く座らせて頂きます。


 私が座りきる間に椿さんはベンチに座って、片方の草履を脱ぐ作業を完了しています。

 鼻緒の根元をぐっと、強く引っぱっています。一瞬、引っ張る手に血管が浮き出ました。

 ……男のひと、って感じです。


「これくらいかなー。甲高なんですよね。そこ調整して化けるとかは出来なくて」

「鼻緒って、伸びるんですね」


「やりすぎるとブチってなっちゃうから加減が必要なんですけどね」

「椿さん、おきもの一人で着られるんですね」


「男物は簡単なんですよ」

「でも、慣れてますよね」


「そうでもないですけど……まあ、たまに仕事で着る事もありますから、まったく不慣れって訳ではありません」


「お店のお仕事ですか」

「お店のお仕事です」

「どんなお仕事なんですか?」

「それは内緒です」


 あ、久し振りに出ました。「それは内緒です」が。


 椿さんは狐さんで、大人で、私は人間で……子供だから、色々お話できないこともあるのでしょうが。これが、すごくさみしいのです。


「おっ、いいねえ兄ちゃん。正月から別嬪さん連れて」

「あーもう!知らない人に絡まないの!痴呆症始まってんじゃないのぉ?」

「なんて口利くかねえ。なげかわいいねえ(かん)ちゃんは」

「上手い事言ったつもりか!すいませんお取込み中に」


「い、いえ、だ、大丈夫です。褒めていただいてありがとうございます」


「ほら見なさい。これがかわいい娘っ子だよ。これくらいかわいげないと嫁に行きおくれるからね。あたしゃ心配だよ。勉強勉強ばっかりで」

「もー!うるさい!行くよ!ほんとすいません!」


「いえいえ、どうもー」


「邪魔してごめんねご両人!年明け早々いいもん見せてもらったよ。ありがとうねー」


 和服のご老人とスーツの女の人に怒涛の勢いで話しかけられ、あわあわしているうちに、そのままの勢いで去って行かれました。

 というか女の人がご老人の首根っこを掴んでガンガン向こうへ歩いていきます。


 元気なおじいちゃんと、お孫さんなのでしょうか。


 椿さんは会釈して、二人を見送っています。ご老人に手を振られたので振りかえしておきました。到着した列車に、二人は乗り込みます。


「……女のひと、小手毬ちゃんみたいでしたね」

「あ、似てました」


 お顔は全然違いましたが、確かに勢いが似ていました。私はそれを思いつけませんでした。付き合いの長さでしょうか。


 ちゃん、と、さん、の境界線は何なのでしょうか。


「お待たせしました。完了です。行きましょうか」


 立ち上がろうとする椿さんの袖を、一回、引きます。


「……あの、もうちょっと、あと15分だけ、このままで」


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