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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺1
79/155

暮れの元気なごあいさつ(※攻めすぎですよ)

 今日のあれこれを思い出しながら、僕は自転車を漕ぎ続けます。


 人間社会の一般常識は常にチェックしていて変なふるまいをしたことはありませんし、そのへんで会う顔見知りの人間の方と世間話は普通に出来ていたので、すっかり人間と変わらないんだと思っていました。


 実家の方に帰りまして仲間と話をしていましても、人間みたいとか、しっかりしてる、用心深い、気が回る、とか言われておりましたので、そういうものかなと。


 足りない、もどかしいと思われているとは。


 ある程度僕と距離のあるセンセイがそういうのですから、小春さんはどうなのでしょう。

 小春さんといる時間を大切にしているつもりでしたが、全然足りなかったのでしょうか。


 そして残り時間。


 長くて小春さんが20歳になるまでだろうな、と思っていたんです。


  今借りている部屋の手続きと家財の処分なんかをお願いする手はずは整っています。

 そこは煩わせることはない。


 悲しませてしまうけど、一緒にいる時間はほんのわずかだから、良くも悪くも僕との思い出は薄れて、きっと彼女を慕う男の人は世の中にいっぱいいるから、その中でいい人を見つけて幸せに暮らすのかなって思っていました。


 小春さんのご両親のお眼鏡に叶う人なら間違いないでしょうし。


 でも、短いにしてもわずかとは言えないような時間が僕に残っていたら。


 一緒に行けたらいいなと思っていたり、したい事の中に、時間がないから無理だなと選択肢に入れなかったことがあります。


 たくさん、あります。

 それが出来るんじゃないかという、わくわくのような気持ち。


 それと、そんなに長い間一緒にいると、彼女の悲しみが増えてしまうし、立ち直るのも遅くなる。

 次の人と出会うタイミングがなくなってしまうのでは。

 適当な所で嫌われるような事をして離れた方がいいのかなという気持ちがまぜこぜになって、頭がおかしくなりそうです。


 別の男の人の横でウエディングドレスを着て微笑む小春さんを、物陰から見守る僕。

 とか想像して、絶叫してしまいたくなりました。

 そんな事したら不審者なのでしませんが。


 僕の幸せよりは小春さんが倖せになるほうが大事だけど、小春さんを思いやって自分を抑えようとした行動は今のところ全戦全敗何一つうまく転がっていません。


 ちゃんとできるのか。いや。これは確実にしなければ。身を引くにしろ最期まで側にいさせてもらえるにしろ、小春さんにとってベストな方法を思いつかなければ。


 とりあえず堅香子さまと実家の長老さまに話聞いてみよう。

  寿命のこと。

 今は年の瀬でお忙しいから……忙しいと断られてもいい。ダメ元で聞きます。

 なりふりかまってはいられないのです。


 家の駐輪場に到着しました。

 もう少し走っていたい気分でしたが、約束があるので。


 速足でアパートの三階まで駆け上り、玄関からまっすぐに寝室に向かい、部屋の電気をつけます。

 小春さんの部屋からその灯りが見えるので。

 それを見つけ次第小春さんが電話をワンコール鳴らしてくれて、そうしたら僕はベランダに出て、部屋の窓から顔を出してくれる小春さんと道路を挟んでおやすみのあいさつをするのです。

 もちろん会話はしません。

 近所迷惑ですから。

 手を振って、それだけです。


 はやくも呼び出し音がしました。なぜか電話は鳴り続けています。


 間違い電話?

 首を傾げながら受話器を取ると、小春さんの『もしもし』が聞こえました。


「どうしたんですか?」


 切りたくなくなってしまうので電話はやめましょう、という約束になっているはずなのです。

  僕から電話すると呼び出し音がうるさいですし、小春さんちから電話してもらうと電話代が申しわけない、と色々ややこしいですし。


『あの、すいません。今日は、ベランダに出ないで、窓も開けないで、窓際まで来てほしいです。あ、電話切ります』

「あ、はい」


 寒いからかな。

 そういえば寒いですよね。

 小春さんが風邪ひくといけないし、今度からそうしてもらいましょうか。

 ベランダへつながる掃き出し窓に歩み寄り、なんとか小春さんの部屋を覗き込もうとします。

 むこうの窓枠と、辛うじて小春さんの頭のてっぺんが見えるくらいで……これは……


『え、この状態で聞こえるんですか?』


 通話が終了したのに、小春さんの声が聞こえました。

 僕の頭の中に。

 この感覚、覚えがあります。


「小手毬ちゃんがそこにいるんですか?」


『堅香子ちゃんもいまーす♡』

『わ、すごい!聞こえる。小手毬さんすごいです!』


 狐同士の意思疎通できるのを、人型の時も行える術というものがあるのです。

 普通は一対一なのですが、小手毬ちゃんはそれを複数で共有できる、もう一段上の術が使えます。

 便利だなあ。


「どうしたんですか、こんな時間に小春さん家に上がり込んで」


『内緒。内緒です。明日帰るから、お昼一緒にどう?椿』


「ええ、小春さんが良ければ」


『小春はいいって言ったぞ!椿来なくていいぞ』

『茉莉!』

『二人共、あんま騒ぐとうるさい。お父さんとお母さん寝てるんだから』


 電話代かからないし、呼び出し音しないし。

 これが使えたら毎日内緒話できるのにな。


 茉莉くんは小春さんの側に最期までいてあげられるから、そっちの方が倖せなのかも。

 おぼっちゃまだし。

 すぐ大きくなるし。

 将来はイケメン確定だし。


 僕は窓の施錠を解除して、ベランダに踏み出します。

 その姿が見えたのか、小春さんの部屋の窓も空きました。

 帰り道ずっと思い浮かべていた人がそこにいました。

 思い浮かべたどの顔よりずっとうれしそうな、とびきりの笑顔でした。


「小春さん、渡したいものがあるので、玄関まで出てきてもらえませんか」


 普通なら聞こえない、ささやき程度の声です。

 術のおかげで通じたようで、小春さんが首を縦に振ります。


 部屋に戻って、そのまま玄関、外へ出ます。


 足音を立てないように階段を下りて、道を挟んだ小春さんの家へ。

 向かいですが、小春さんの家の玄関は一本向こうの道に面しているので、少し大回りしなくてはいけません。


 ほんのちょっと焦れる。


 今年も見事に咲くのでしょう。玄関脇の木蓮を横目で見ながら、静かにその玄関扉に手をかけました。鍵は開いています。

 パジャマ姿の小春さんがそこにいました。

 後ろ手で扉を閉めて、ここ、三和土でいいんですかね。に、お邪魔します。


「こんばんは、すみません」

「何のようだ」


 やっぱりか。

 小春さんの足元にまとわりついていたのは茉莉くんです。


「渡さなきゃいけないものがって言ったでしょう。小春さんだけとも。ま、いいや」


 溜息をついてやりとりを見守っていた小春さんの手をとります。


「あ、はい。あの?」


 そのまま彼女の手の甲にくちづけを。


「あ――――!」

「―――お休みのキスの、お届けに」


 玄関は薄暗いのですが、小春さんの顔がみるみるうちに真っ赤になって行くのがわかりました。

 喜んでくれている、と思う。


 彼女をこういう形で喜ばせられるのは、今、世界で僕だけです。


 ひどく誇らしい。

 この人を、この幸せな時間を壊さないように出来る限りのことをしよう。

  出来る事はすくないけど、少ないのに、彼女が笑ってくれるだけで、そう、空も飛べそうな勘違いをおこしてしまいそうになる。


 あーあ、奇跡、起こらないかなあ。


 頭をちらついたバカげた願いを、(かぶり)を振って追い出します。


「小春さん」

「は、はい」


「邪魔者がいないときに、正式なのさせてください」

「え!?」


 他力本願はいけませんから、自分で出来る事を、地道にやりますとも。

 という訳で僕は茉莉くんを両手で持ち上げ、肩に担ぎました。


「こら!何をする!」

「近所迷惑ですよさっきから。静かだと本当によく響きますからね。マナーも守れないくせにお嫁さん貰おうなんて100年早い」


「む!」

「小春さん、茉莉くん家に泊めますので。堅香子さまにお伝えください」


「はあー!?」

「うるさいですって。あ、おねしょとかまだするんですか?」

「するわけないだろ!」


「口ではなんとでも言えます。おねしょしてるようじゃお嫁さんなんてもらえませんよ。今日僕の家で、潔白を証明しては?」

「受けて立つ!」


 あー。チョロイ。

 かわいいなー茉莉くん。あったかいし。


「じゃ、おやすみなさい、小春さん」


 担ぎあげた茉莉くんの頭は僕の背中側にありますので、向かい合う僕と小春さんが何をしても、茉莉くんには見えません。


 邪魔者にカウントされません。


 なので遠慮なく空いてる方の手で小春さんの顎をすくいあげ、音がしないように、素早く、深く、正式なお休みのキスをぶちかましてやりました。

 目を白黒させていて本当にかわいいです。


「―――僕以外の男を、部屋に上げないで下さい。茉莉くんでも嫌です」

「な!」

「あ、え?え?」


「返事、ください」

「は、はい!」

「えー!?小春、そんな!」


 あんまり長く見つめていると押し倒したくなるので、そろそろ退散しないといけません。

 あーもう、発情期のバカ。


 名残惜しいのでもう一度軽くキスをして、顔を見ずに日向家を後にしました。

 寒さを感じないのは、おそらく心がひどく暖かいから。

 むしろちょっと燃えている。


「―――ぼく、お前を絶対倒すからな」

「おや怖い。ほんとに怖い、おお怖い」


 なりたてのため、幾分厚ぼったい三日月が、やけに眩くて、目を細めます。

 今年の年の瀬は、たぶんいつもよりだいぶ(せわ)しい。


すいません、明日から更新間隔がばらばらになります。

言い訳が活動報告にあります……

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