廻る、想う
気分的には11月は冬のうちに入っているのですが、やっぱり12月からが冬本番という感じですよね。
しかしまだ凍えるような寒さ、までは行きません。
防寒しているせいもあります。
自転車で走っているせいもあります。
首元にあたたかいマフラーが巻かれているからというのもあります。
今大変混乱しているからというのもあります。
クールダウンして、事故らないようにして帰らないと。
いつもより交通量は少ない気がします。が、気を引きしめて。
先程、センセイが僕の残り時間を僕自身がどうやってはじき出したのかについて尋ねてきました。
両親のおおよその時間を参考にそこから引いたと。
「なんで引く必要があるの?」
僕が人間にしか化けられないから、妖狐としての質が低いから、と答えたのです。
「根拠は何なの?細かい格付けはあるの?そういうの決める狐がいるの?」
そういうものは一切ありません。なんとなく、察すると申しますか。
僕の場合は、僕より妖狐の術に精通した狐が口を揃えて
「最下級の癖に、でかい顔しやがって」
とおっしゃっていたので。そういうものなんだろうな。と。
「おかしくない?そういうの決める狐はいないのに、そうやって決めつける狐のいう事信じちゃうの?それって堅香子ちゃんみたいな、権威ある狐なの?」
堅香子さまには到底及びませんが、そこそこのお家の方ですね。まだ若いですが。
「そういう術の精度によるランク付けってどうなってるのか、堅香子ちゃんに聞きなよ。君が知らないだけで、もしかしたらあるのかもしれないし。堅香子ちゃんでわかんないならわかる狐を探しなよ。でさ、ここからはボクが聞いた話を集めて思いついただけで裏付けも何にもない推測の話なんだけどさ」
その後の話は、砂袋で頭をぶん殴られたような、衝撃的な内容でした。
僕の人間に化ける術の精度は高い。それは術二種類相当になるのではないだろうか。
だから僕の両親と同じくらいの時間、僕は生きる事が出来るのではないだろうか。
そう、センセイがおっしゃったのです。
「更に妖狐って子供は強いほうの要素を受け継ぐんでしょう?だからご両親で長生きしたほうの時間が君にはあるんじゃないのかな。どっちがどれくらいなの?」
おおよそしか、知りませんでした。
「え?なんで?堅香子ちゃんくらいならともかく、君のご両親のころならもう暦とかちゃんとしてるでしょう。何月何日はともかく、年もわからないの?覚えておくでしょう。逆算してあと何が出来るかとか人生設計立てないの?」
「そういうんじゃないんだよ。彼らは。野生のものだから、あんまりそういう事に執着がないの」
「野生に近いなら生きることに全力だすんじゃない?なんなら寿命を延ばす方法がないか血眼になって探すんじゃないの」
「ああ。センセイのは人間の言う野生じゃね。三四郎のは、他の言い回しで、何と言ったらいいんじゃろ。そう、術を使う時は力を持ってくるじゃろ?その持ってくるの大元に近い生き物。という感じかの。生まれた瞬間から世の理の全てがおぼろげながら身体の中にあるんじゃっつってたの。悟っているというか。あるがままを受け入れ、今日を精一杯に生ききって、明日の事は明日になったら考える、そういうものらしいぞ」
答えられないでいたら常連さんたちが助け舟を出してくれました。
視界の端で店長さんがグラスに指を突っ込んで、ぐるぐると回して渦を作っていましたことを、今思い出しました。
「へー……精一杯生きるでさ、こんな所でこんな事してていいの?椿くん」
「え?」
「今日なんかさ、麗ちゃん一人でもいいじゃん。店番。仮に残り時間が椿くんが思っているとおりの短さだったらこんな事してる場合じゃないんじゃない?もう少し我儘いいなよ。土日を休みにさせたり、そう、こないだみたいに仕込み終わらせといてお休みとるとかして、小春ちゃんと一緒にいる時間を作ろうとしたりしなよ。そういうの無理なの?麗ちゃん」
「んー、出来ない事はないがのー」
「これは僕の問題で、店長さんには関係ない事ですから」
自分の世話は自分で、です。出来てないですけど。
出来てないからこそ、これ以上は。
「もーさー、ボクのさっきの話一旦忘れて。椿くんが思っている通り椿くんの残り時間が後わずかならさ、他にも色々しなきゃいけないんじゃないの?ある日突然椿くんがいなくなっちゃった後は、お店とか麗ちゃんひとりなの?ちゃんと話し合ってるの?なんならさ、後任見つけて一から仕込んで、椿くん余生を小春ちゃんとのんびり過ごしてもいいわけじゃん。退職金巻き上げてさ、このへんから。それくらいのわがまま通していい働きしてるじゃん?なんなら死んじゃうからどうでもいいって、仕事ブン投げてもいいくらいじゃん?」
「そんな無責任な事できませんよ。小春さん学校あるし」
「センセイはそういう所まだ抜けてないよねー。なりふりかまわない、自分が一番かわいい的な発想が。人間っぽいの」
常連の神様が肩をすくめるのを見て、センセイが口の端を吊り上げました。
「まあ、今回の場合はボク人間っぽい発想を持っててよかったんじゃないの?―――だって小春ちゃんは、人間だもの」
誰も何も言いませんでした。
僕もです。
「今は好きな気持ちだけで他の事を考える暇ないからさ、いいけど。この後色々考えることもあるでしょう。小春ちゃんも。わがままも言うようになるでしょう。言わないかもしれないけど思う所は出てくると思うよ。頭すっからかんな子じゃないし。ひょっとしたら麗ちゃんの所みたいになるかもしれないよ?そういうときに、ここみたいにもう一生離れないし世界の終りまで喧嘩してられるならいいけど、君たちそうじゃないでしょう?うまくかみ合わなくなっちゃって喧嘩になっちゃって、すれ違ってる時間が惜しい。馴れ合いじゃなくて、ちゃんとした関係を築きたいなら喧嘩や話し合いはするべきだと思うけど、それを最短で終わらせるためには、椿くん自身がどういう立ち位置にいたいのかを明確にしておいた方がいいと思うよ?」
「立ち位置、ですか」
「椿くんがアホで小春ちゃんの事何にも考えてないとは思ってないんだけど、なんかこう、その、妖狐だからなのか、個人の資質なんだか、ボクから見ればちょっと頓珍漢に見える所がある。とりあえず残り時間はちゃんと調べたほうがいいと僕は思う。似たようなケースがいないかとか、自分の家系だけじゃなくなるべくデータは多いほうがいい。短いつもりでいてずるずる生きちゃって、やれるはずの事出来なかったとか、本当目も当てられないからね。普通の男女みたいに共白髪の約束が絶対に出来ないってわかってて、小春ちゃんは君のいなくなった後も生きて行かなきゃいけないことが確定なんだから、大人な分君が先回りしておかないと駄目だと思うよ。残される側は辛いって君は言ってたけど、残して行かなきゃいけないことが確定した瞬間も相当辛いからね。うすらぼんやり思っているのと実際体感するのは天と地ほどの差がある。椿くんがどうなのかしらないけど――――ボクにとってはそうだった」
センセイは浅く息を吐いて、椅子から立ち上がりました。
背もたれにかけてあったコートを羽織ります。そう、ジョッキは空でした。
「妖狐の事は堅香子ちゃん、女心は小手毬ちゃんとか女神とか、小春ちゃんの今後は小春ちゃんのご両親にそれぞれ聞いたりして使える物はなんでも使った方がいいと思うよ。小春ちゃんと話し合わなきゃいけない事も出てくるだろうし。どうせクレーム入れる奴いないんだから店の事は多少ほっぽってもいいと思う。店回らないんならそのーーボクが代打で入ってもいい訳だし。椿くんはそっちに時間割くべきだと思う」
ひどく照れくさそうにセンセイを目にしたその瞬間、目頭が一気に熱くなってしまったのですが
「センセイの作った物は食べたくないねえ」
「ああ。ビリビリしそう」
常連の神様が瞬時に空気読まない茶々を入れたので、醜態をさらさずに済みました。
ありがたいやら空気よんでほしかったやら。
センセイが聞こえよがしに「ハハッ」と嫌味に笑いました。
「そうだね。ヒマなんだからおじいちゃんたち頑張りなよ。ボクは今年も春まで大繁盛だからさ。閑古鳥大合唱系神様がすべきだね。迷惑かけまくってるもんね。ごめんごめんそうだった。あっ、でもレシピとか覚えられなそう。やっぱダメだね☆」
「眼鏡、ちょっと座りなおしなさい」
「やだよ帰るよ。なぜか年末は急患多いし。あ、力づくで来れば?言う事聞くかもよ?」
「ちょ、やめい。そいつ東都駅で暴れさせたら帰省ラッシュの人間が路頭に迷うぞ」
「そうそう。紅白も放送できなくなっちゃうかもねー。じゃ、ま、よいお年を―☆」
颯爽と去っていくセンセイの背中を、常連の神様がたが憎々しげに見送っていました。
やっぱ、神様間にも嫉妬とかあるんですかね……センセイの所に来る人、真剣ですしね……
そんな、まったく心安らかではない、衝撃の仕事納めでした。