一方男子会はしょっぱい感じに進行しております/椿
12月28日水曜日。今日でお店は仕事納めです。
来年の1月5日まで、お店はお休み。
12月入ってからちょこちょこ掃除していたので、大がかりな大掃除をする必要もありません。今日は残しっぱなしでは困る在庫を片づけつつ―――
「椿くん、もう一杯」
「はいはい」
空のジョッキを受け取ってビールを注ぎ、渡す。相手はカウンターに座ったセンセイです。
項垂れています。
カウンター席で項垂れているのはセンセイだけではありません。常連の神様たちと、あと店長さんもです。
ずらっと並んで、項垂れています。
「めんどいのー」
「今年もこの季節がやってきてしもた」
「来年も、かな」
「思い出したように一気に来るのやめてくれんかの本当に」
「そうじゃそうじゃ」
「目的は初売りだよね。ついでじゃん?」
「あーもー本当、帰りたくないのー。もうええんじゃないかの。手前。このままここにいても。いてもなにする訳でなし、むしろ帰った方がメンタル削られる……!」
お正月が一番忙しいらしいですからね。皆様。
しかし、店長さんがこんなに嫌がっているのは初めて見ました。どうしたんでしょう。
美貌は相変わらずですが、瞳に生気がありません。表面に細かく傷がついたせいで濁って見えるビー玉のようです。
「……どうしたんですか?店長さん」
「あれよ、クリスマス帰って来なかったからこってり絞られたんだと」
「24日に出てって、26日の夜に帰ったんでしょ?」
「時間置いた方が怒りが覚めてると思ったんじゃ」
「そういうタイプの方じゃないじゃないですか。何年連れ添ってるんですかまったくもう」
「麗ちゃん、もう強気に出たら?悪かったけど愛してるのはお前だけ的な感じで押し倒したりすればいいんだよ」
「なん。お前さんとこはそれで許してもらえてたの?」
「まー……もういないから聞きようがないけど、許してくれた風だったよね」
言い終わったセンセイがジョッキをあおると、店長さんがガツン、と、こぶしでカウンターをたたきました。
「ええのー!かわいらしゅうて!そんなことしたら「そんなんでごまかされませんからね!此方は!」とか言ってまたお説教じゃ。昔は強気な所がかわいいと思ったが、ちっとも丸くならん。そろそろかわいいを装う、という術を覚えてくれんかのー。余計なもんだけ、やったら上手くなりおって」
美しい黒髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、店長さんはグラスの中身をあおります。
スピリタス、ストレートです。
顔色ひとつ変えませんがあまり御機嫌にもなれないようです。笑い上戸なのに。本当に珍しい。
僕はあずかり知らぬほうがいいと思って踏み込まない話題なんですが、店長さんも色々大変なんですね。
店長さんと目が合いました。
めずらしくじろりと睨まれ、そして大げさなため息をつかれました。
「ええのー椿は。かわいい嫁と仲良くのんびり年越しで」
「…………」
「そうじゃの。あやかりたいあやかりたい」
「お休み中は二人の世界か」
「ええのう。ぴっちぴちの嫁」
僕の発情期を知っているくせにこの人達は……!
自分達由来の不満を僕へのやっかみとからかいに転嫁するって、大人げなさすぎるんですけど。
まあでも不遇な目に遭えば祟り、祀られればいい気になるけど特になにもしない役に立たないという、世間一般の神そのもののイメージ通りですね。
間違っていない。このひと達本来の、あるがままの姿です。
こんなに浴びるように飲んで、大丈夫なんですかね。境内が酒くさくなりそうなんですけど。
それをごまかすために甘酒売ってたりするのでしょうか。
ありうる。
あ、小春さんと初詣どこに行こう。こいつらの領地以外でいい所……。あと歓楽街から遠い所。小春さんが振袖だけど、僕スーツとかでいいのかな。楽しみ。
「椿、もう一杯」
不機嫌な店長さんから空のグラスを受け取り、同じものを補充します。店長さんは不機嫌に受け取ったグラスを速攻あおりました。
「でえでれしくさってからにー!」
「してませんよ。ろれつ怪しいですよ、店長さん。もうおやめになった方が宜しいのでは」
「あーかわいくない。「い、至らない所のほうが多いと思いますが、精一杯努めめさせていただきますので、よ、宜しくお願いします」とかつっかえつっかえ言ってたかわいさはもうどこにもないの」
「……いつの話してるんですか」
「あーかわいかったのあの頃の椿」
「実際ババアの顔だけきれいな女神どもにからかわれて顔真っ赤にしとったしな」
「そうだっけ?「綺麗な方と話すのは慣れてなくて、すみません」とか言って女神キューンさせてたじゃん椿くん。倍返ししてたじゃん」
「あー。お前そういう所あるの。ええのう、要領のいい、かわいがられ属性持ちは。あな憎らしや。かわいさ余って憎さ百倍じゃ。本当、資生堂パーラー連れて行ってアイス食わせてやって、かわいかったこと。「このご恩は一生忘れません!」とか目えキラッキラさせて言いおってのー」
「朝顔市連れてってやった時の方がかわいかったじゃろ「これ、全部ですか!」ってきょろきょろしながら朝顔の鉢数えて回って」
「横断歩道の黒い所を三回続けて踏むと死ぬって教えて、5年くらい信じてたのはたまらんかったの」
「ああ、あれは傑作だったねえ「いくら神様でも万が一があったらいけません」とか止めてくれて発覚したんだっけ。まだ信じてたって事」
「江戸とかに生まれてたらドジ踏んでバレて仕置きの罰として殺されてたじゃろうなあ、お前さん。よかったのう、この時代に生まれて」
「よかったのう、かわいい嫁までもらって」
「ほんによかった」
「よかった」
何故か思い出振り返りモードに入っていた神様たちが、熱っぽい視線で僕を見つめてきます。
「よかった」「よかった」と言いながら、目頭を押さえだしました。
泣き上戸モードです。
こんなにかわいがってもらってありがたいという気持ちもなくもないのですが、正直面倒くさいです。
年一回くらいあるので。
おばあちゃんとおじいちゃん面倒くさいってこういう気持ちなんだと思います。
モード入ってないセンセイの前に移動し、空になっているジョッキを勝手に補充します。
センセイともちょっと今気まずいんですけど、ここにしか僕の居場所がないのです。
昨日、小春さんに、小春さんに僕の発情期についてオブラートと真綿とオーガンジーでくるんで、リボンをかけて、ぷちぷちで梱包するくらいの感じにぼかしてお話ししました。
本当は墓まで持っていきたい話だったのですが、小春さんと小春さんのお母さんがクリスマスの件についてお父さんの事をあんまりにも責めて、それに関してお父さんは一言も言い訳をしないので、もう黙っていられなかったのです。苦渋の決断でした。
で、どこで説明しようという。家で二人っきりでそんな話したら多分話してる途中で襲うと思ったんです。
万が一小春さんが「あの、椿さんになら……大丈夫です、が、我慢しなくて、いいんですよ?(上目使い)」とかやられたら、もうやるしかねえってなって危ないのでどっか別のところ、でも小春さんのお母さんには絶対聞かれたくないから小春さん家って訳にもいかず、話してる内容を隣のテーブルの人に聞かれる訳にもいかないので、微妙に空いてるけどざわざわもしてて、お店からも小春さんの家からもそんなに遠くない所と、いう事でニュートーキョーにしてみたんです。
ビヤホールですが、場所柄と時期柄家族連れが多いですし、開店直後ならそんなに混んでいませんから。
もうひと押し、欲しかったんです。
恥ずかしくて話出せなくなるであろう僕の背中を押す係と、訳わかんない事言い出したら制止してくれる係が必要だったんです。
知り合いでどちらも兼ねているのはセンセイだけでした……。
嫌がるセンセイを泣き落とし「制止って、足踏むくらいしかしないよ。何も喋らないよ」と渋々同席してもらったんです。そりゃ渋々ですよね。何が楽しゅうて人のプライベートすぎる事情を恥じらいながら説明している場所に立ち会わないといけないのか。
僕だって嫌です。
昨日、そんなことがあって、そのままお店に来てその件に関して文句言われるかなーと思っていたのですが、いらっしゃらず。
今日はちょっと遅めにきたんですが、合間に話に入ってきますが基本的にはむっつりしています。ので、注文以外で話しかけたりはしていません。さわらぬ神になんとやら状態です。
センセイはしらーっと、泣き上戸モードの神様達を眺めています。
神様としての日が浅いからなのか、なんなのか、他の神様達と阿吽って感じにはならないんですよね。センセイ。仲が悪い訳ではないんですが。
この人も不思議な神様です。
観察していたら、目が合ってしまいました。そらされるかと思ったらそのまま僕を見つめ続けてきます。
「椿くんさ」
「あ、はい」
「昨日ので、こんがらがってたものが一段落したわけだよね。堅香子ちゃんに小春ちゃんとのことを隠す必要がなくなって、隠してた事を小春ちゃんに白状した事で小春ちゃんに気を使ってもらえるから、一人で気を回して頑張らなくてよくなったじゃん」
「は、はい。その節はお世話になりました」
そうです、なんだか結局この12月中に起こった全ては徒労に終わってしまったのです。センセイにもかなり無駄足を踏ませてしまいました。申し訳ない。叱られても仕方がない事です。
「でさ」
「はい」
「早めの方がいい気がするんだよね。新しく懸案事項、増やしていいかな」