歳の差がおかしいけど女子会にカテゴライズしてあげてください(3)/小手毬
なんだかんだ、畳の部屋は落ち着く。
落ち着く理由は畳だけじゃないけど。
お掃除の行き届いた部屋。長押しには家族写真がずらっと。
ストーブの上でしゅんしゅん音をたてるやかん、ちゃぶ台の上にはおみかん。
人のおうちって感じ。久しぶりにこういう所に来たわ。
「小手毬ねえさま、祥司がどうぞって」
襖を開けてやって来たのはおせんべいらしき小袋を両手いっぱいに抱えた我が弟、茉莉だ。
訪問二回目だというのにすっかり我が物顔で大変胃が痛い。あたしは中に入るのは初めてだが。
ここは小春ちゃんのお家である。
母様がまたわがままを言って、お邪魔する事になってしまった。小春ちゃんのお母さんのリクエストで茉莉も拾ってお邪魔する事に。
小春ちゃんのお母さんと母様が意気投合してしまって、今、二人がかりで小春ちゃんに振袖を着せている。
あと髪型と簪のあれやこれやするんだって。
むかしあたしも散々やられたっけ。あれをやられているのは申し訳ない。
が、小春ちゃんのお母さんもノリノリだし、止められなかった。小春ちゃんがそういうのうんざりしないタイプだったらいいけど。
で、小春ちゃんのお家は三人家族である。ということはつまり。
「小春ちゃんのお父さんを呼び捨てにするんじゃないの」
「だって祥司も深雪も呼び捨てでいいって」
「それは社交辞令というものです。さん付け。小春ちゃんもさん付け」
「やです。椿と一緒になるから」
いっちょまえに張りあおうとしちゃって。ちょっと前までよだれ口から出して爆笑していたくせに。まったくもう。
「……とりあえず、食べるならここに座って食べる」
「はい」
座布団の上に正座をして、おせんべいの袋を開ける弟を見守る。袋の中身はざらめせんべいだった。
「あ、それ、ぼろぼろ落ちるからそのまま食べちゃだめなやつ。割って食べなさい」
「はい」
ちょっと合わないうちになんか大きくなった気がするわ。そっか、半年ぶりくらいなのか。
ちょっとのつもりがずるずるして部屋まで借りてしまった。
だっていろいろあるんだもの。あたしにも。ぼんやり弟を見ていたら、目があった。
「小手毬ねえさま、折り入ってお話があるのですが」
「なに」
「ぼく、小手毬ねえさまのお家に下宿させて頂く訳にはいかないですか」
「なんで」
「このままだと小春を椿にとられてしまいます」
「取られるも何も無理な勝負だから諦めなさい」
「いつも、諦めるなとか、無理でもやってみろとかいうくせになんでですか」
「世の中にはどうにもならない事があるの。いつもはどうにかなりそうな事なの。今回はどうにもならないから言ってるの」
「ひどい!」
ポッと出たやつが割って入れるものじゃないの。歴史があるの。
それがなくて、茉莉がもう少し大きかったら……ああ、どうかしら。
兄様二人がああだから、この子もそうなるのかしら。
「昔はあんなにかわいかったのに!」
って言われてる二人だし。なんてぼんやり考えていたら襖が空いた。
「うふふ。お姫様出来上がりました!」
してやったり顔の母様の後ろから、小春ちゃんがおずおずと顔を出した。
あ、お化粧もしている。
この、恥ずかしそうな顔が初々しくていいわ。
横に座っていた茉莉の背が、ぴんと伸びた。
亀甲の地紋が入った真珠色の振袖は、小春ちゃんによく似合っていた。
絞りで雲取り、飛び飛びで古典柄。帯は雪輪と鞠と蝶々で、ああ、母様好きよねふくら雀。
最近流行っている花バーン!箔シャララーン!和風!みたいなやつではなかった。
品よく、小ぎれいにまとまっていて、うん。小春ちゃんっぽかった。
「かあさま、お土産なんかひとつ好きな物選んでいいって言ってましたよね」
「小春ちゃんはだめです」
「えー!」
「あらあ、おばさんだったら喜んでいっちゃうけど。残念だわあ」
「深雪連れてったら、祥司泣いちゃうだろ」
「ああ、そうかも。そうねえ。でも泣いてるのちょっと見たいわ」
「悪い女だな」
「そうですよ。人間はおっかないのよ茉莉くん」
小春ちゃんの後ろから顔を出した小春さんのお母さんと茉莉を横目に、反対側から小春ちゃんの後ろへ回り込む。
毛足を出さないように結い上げられた髪には、簪が二本。
二股簪のアーチ部分に真珠が並んでいるものと、銀の蝶々が揺れる一本簪。
「ちゃんと合ってるのね。奇跡的に」
そしてこれ真珠、淡水じゃないやつね。
「おとつい小春のいない時に、「小春さんの振袖って、どんな柄ですか」って見に来てたんですよ。椿くん」
「やだ抜け目ないわ椿!でもそれ小春ちゃんの前で言っちゃだめなやつよ!深雪ちゃん」
「そうね、いけないわ。うっかりしちゃった。香子ちゃん」
……意気投合しすぎでしょ。
母様って、お母さんの人と仲良くなるの、超絶早いのよね。
お母さんシンパシーみたいなものがあるのかしら。謎だわ。
さらっと椿のなんかあれをばらされた小春ちゃんは顔が真っ赤だ。
キューンってなってる。
「ぼくがもっといいの作ってやる!」って茉莉の声とか届かない位キューンってなってる。
こんな顔して喜んでもらえるならそりゃ好きになるわ。
あたしが男子だったら小春ちゃんをお嫁さんにしたいわ。こりゃかわいいわ。
しかし。
「振袖には、この頭地味じゃない……?」
センスは悪くないが、振袖は第一礼装である。
洋服でいうところのシンデレラみたいなドレスである。
ティアラ級の華が必要なのだ。ティアラ並みの値段って訳じゃなくて、バランスがね。うん。
「そうなの」
「ええ」
きゃっきゃしてた二人が真顔に戻って頷いた。
こういうとき、女は現実主義だってすごく実感するのよね。
「あの、そんな、わたし、この状態で、もう、十分で……」
小春ちゃんもいつか現実主義に目覚める時が来るのだろうか。来ないでほしい。目覚めるか目覚めないかが、少女と女の境界線な気がするのよね。
「一緒に買った髪飾りつけると、ちょっとしつこいのよね。というかこの簪がうもれちゃう感じで」
「お花欲しいわよね。あんまり柄で入ってないし」
「そうですよねえ。ありますよねえ。相応しいお花」
「……自分の物だって主張するみたいで嫌だとか、そういうのじゃないの」
「ああー。まあ、からかわれたって言ってたしねえ。女みたいな名前って。うちの狐たちもそうなのに」
「兄様っていうかうちをからかえる家なんてそうないでしょ」
「そんなに怖くないのに。そしてうれしいのにね、僕のもの宣言」
「憧れちゃいますね。そういう、ちょっと強引なの」
「あらあ、旦那様そういうタイプじゃないの?」
「そうですねえ二人の時は割と言ってくれるんですけどー」
―――遠い所で何か、割れる音がした。
「あらーおとーさーん、大丈夫うー?」
小春さんのお父さんの返事はない。
お休みなのに自室に引っ込ませてしまい、しかもなんかすいません。
ばらさせてすいませんうちの母が。声でかいから聞こえたんですよね。
「……ま、大丈夫でしょう。そうですよねえ。こう、このへんに真珠もってきて、蝶々の下に大き目のお花あったら素敵ですよねえ。花にとまる蝶みたいな見立てで」
「あっ、それすごくいいわ!もう作ったらいいんじゃないかしら。髪飾り。それで、小春ちゃんから攻めて行きましょうよ「私はあなたのものです♡」宣言みたいな感じで!はぎれ買いに行って」
「はぎれ、あるわ、香子ちゃん。赤も白も黄色もみどりも。一応お裁縫、得意なの。わたし」
「まあ!ステキ!深雪ちゃん!作りましょう!ときめきすぎて正月早々ぶっ倒れたらいいんだわ!椿」
「たたた、倒れたら困ります」
「ものの例えよ。あの子結構照れ屋だから、顔真っ赤にするに違いないわ」
「あら、そうなんですか?」
「そうよ。しない?」
「いつもわりと淡々としてるわよ。ねえ?」
小春ちゃんがお母さんの問いかけに頷く。あたしも見た事がない。
「ああ、まあ、不意打ちに弱いのよね。だから、顔真っ赤にして、もう勘弁して下さいって半べそになるくらい攻めてやりましょうよ」
母様が、にたりと笑った。これ、本気の時の顔だ。勝手に楽しくなっちゃってる時の。
「母様、明日飛行機で帰るんでしょう。もう支度しないと」
「明日で大丈夫。17時の便だもの。どうかしら?小春ちゃん、わたくしにまかせてくれないかしら。照れまくる椿、見たいでしょう?」
有無を言わせぬ微笑みである。妖狐というより魔性の類だ。
いや、魔性なのか?あたしたちは。
でも別に悪いことしないしな。すくなくともうちは代々。
「お、おねがいします!」
「かしこまりました。ええと、じゃあ、小手毬ちょっと毛筆筆買ってきて。小筆」
「なんで」
「内緒。お夕飯の材料も買ってきて。あ、ご一緒してもいいかしら?深雪ちゃん。もし嫌じゃなければ、小手毬が作るわ。この狐、お裁縫は波縫いさせたら荒れ狂った、東宝のザバーン!みたいな縫い目になるけど、お料理は上手なの」
「あら、もちろんです。楽しみ」
ちょっと勝手になに決めてんのとつっこみたいが、小春ちゃんのお母さんが乗り気だからもうだめだ。あとはもうご迷惑をかけないように黒子に徹するしかない。
「あとね、後でお部屋を一部屋貸して欲しいの。着付けのお部屋がいいわ。そんなに時間はかからないから。それで、もう、ありきたりで申し訳ないんだけど―――」
身体をくねくねさせて、恥じらう母様。
見た目はあたしと同じくらいだから、違和感はそんなにないはずなんだけど、気持ち悪いは気持ち悪い。お母さんがかわいこぶってくねくねしてたらいやでしょう。
どこの家の子も嫌でしょう。
そういう気持ちだ。
くねくねした後、母様は小首をかしげる。
「―――わたくしがいいっていうまで、その部屋は決して覗かないでほしいの♡」
兄様二人がいたら顔を歪め肩をすくめ、舌打ちをしてため息をつくと思う。
頬を赤らめてかわいこぶった微笑みを浮かべて、その人はおばあちゃん丸だしな時代錯誤な台詞を口にした。