歳の差がおかしいけど女子会にカテゴライズしてあげてください(1)/小春
毎年のことながら、終わった瞬間にそんな事なんかなかったかのように街からクリスマスの気配が消えてしまうのが見事です。
ツリーとか。飾りとか。
25日の夜に、そういうお片付けの仕事をする人がいるってことですよね。
それにしてもとっても大変ですよね。
フラッグなんかを箱にしまって、ツリーの飾りを取ってしまって、百貨店なんかにあるあのおっきいツリーは、どう、どうしまうのでしょう。
アルバイトさんがやるんでしょうか。
大人になったらちょっとやってみたいです。
お雛様を片づけるのが結局二日後とかになってしまう、ちょっとズボラな日向家育ちの私にはかなり衝撃なんですよね。
まあ、おとーさんが「嫁にいかなくていい」とか言いながらいっつも邪魔するから絶対一日伸びちゃうんですけど。片づけないとお嫁に行きおくれちゃうのが困るからって、どこのおうちもしまうのに、おとーさんは……。
「おまたせしまーした」
交差点を忙しなく歩いて渡っている人たちをなんとなく眺めていたのです。
一人だったのですることなくて。
今日は12月28日水曜日、もう冬休みなのでお昼前に数寄屋橋の不二家レストランにいたとしても何の問題もありません。補導もされません。お店の窓際のボックス席には私一人でした。
今、三人になりました。
「こんにちは」
「ああ、座ったままでいいのよ?そのままそのまま」
「あ、先なんか頼んでてよかったのに、ごめんね!」
「頼んじゃいましょうごはん。あ、決まってる?」
「あ、はい」
待ち合わせ相手の二人はとっても綺麗なのでお店の視線独り占めです。
小手毬さんと、そのお母さん、堅香子さまです。
店員さんを呼んで、注文とかしたりして。
「……あのう、茉莉くんは」
「茶々いれるから置いてきちゃったわ。ゆっくりお話できないし」
「そうなんですか」
ちょっと残念です。
が、一緒にいると茉莉くんはずっと、私にその、プロポーズ的な、どこで覚えたの、みたいな、口説き文句を使って口説き続けてくれてしまうので……そして、その際には必ず
「茉莉くん。これは僕の。絶対にあげない。あきらめて」
という、椿さんの言葉と、前後のあれこれを思い出してしまい心臓がバクバクしてどうにかなりそうになってしまうので、たしかにお話になりません……
そう、お話があると言って、呼ばれたのです。堅香子さまに。
「あの堅香子さま、お話って……?」
「あらやだ、そんな、様とかいらないのよ?偉くもなんともないんだから。そして名前がもう古くておばあちゃんみたいでいやなのよねえ。なんか」
「事実おばあちゃんでしょうが」
「まっ」
堅香子さまが眉を吊り上げます。
ほんとうに若くて綺麗ですから、お怒りはごもっともです。小手毬さんとちょっとした口げんかを始めてしまいましたが、姉妹の喧嘩にしか見えません。
仲が良さそうです。
思わず笑ってしまって、並んで座っていたふたりがこちらを見ます。
「あ、ごめんなさい」
「怒ってないのよ?そうよねえ2人そろっていい歳なのにみっともない。で、話もどりますがわたくしの事は香子ちゃんて呼んでちょうだい」
「流石にきついわ。会ったばっかりなのに馴れ馴れしいのよもう。ねえ」
「そ、そんな事ないですけど……」
「ほらー困ってる。茉莉くんのお母さんでしょ。この場合の適切な呼名は」
「えー」
「小春ちゃんが年上に馴れ馴れしいってとられちゃうの。周りから。ね?茉莉くんのお母さんのほうがいいわよね?」
「ど、どちらかというと」
「はい、この話終わり!」
「えー……はい、はい、わかりました……いえね、明日帰る事にしたから、御挨拶にね」
「あ……そうなんですか」
堅香子さまと茉莉くんは北海道に住んでいらっしゃるそうで。
ちょっと旅行に来た、とおっしゃっていたので、いつか帰るのは知っていたのですがこんなに急とは。
「さびしいですね。折角お知り合いになれたのに」
「あら、うれしい。向こうの家もあんまり長く開けていられなくてねえ……どうなっている事やら……ちょっと遠いけど、よかったら遊びに来てね。椿と」
「はい、ぜひ。あ、修学旅行がたぶん、そうです。来年の6月に」
「そうなの?いい時期だわ。ホテルとかに会いに行ったら会えるのかしら?」
「え、えーと、学校始まったら先生に聞いてみます」
「ぜひ聞いて!で、そうそう」
堅香子さまがバッグから何かを取り出しました。白い封筒です。渡されたので受取ります。
「あの?」
「適当な紙がなくてごめんなさいね。うちの電話番号と住所です。小手毬いるから大丈夫だと思うけど、その、わたくしたち関連で、何かあったら遠慮なく連絡してきてちょうだい。すぐにわたくしが行けなくても、この辺にいる、頼りになりそうなひとが行く手はずになってるから」
「わ、わかりました。わざわざありがとうございます」
気にかけてもらってありがたいのですが、何かってなんでしょう?この間の大人の話なのでしょうか。
一体――――
ああ。
忘れていた訳ではないですが、思い当る「何か」に、思い当ってしまいました。
体の奥がぎりぎりと、痛い。
「で、小春ちゃん、お隣いいかしら」
微笑みと共に堅香子さまが私の隣を指差します。四人掛けのテーブル席、向かいに二人が並んで座っているので、私の隣は空です。
「え、あ、はい」
微笑みながら堅香子さまは私の隣に座ります。そしてそのまま抱きしめられました。やさしく。そしてなぜか頭を撫でられます。
狐さんのスタンダードな親愛のしるしなのでしょうか……これ……
「その、あの子の母親はもういないけど、生きていてあなたの存在を知ったら多分こうすると思うの。椿の事、宜しくお願いしますね。いい狐なの。とても」
「はい」
椿さんがとってもいい子……はちょっと私には違和感が。いい人なのは知ってます。多分私が世界で一番知っています。
褒められたのは私じゃないのに、なぜか他の人からそれを聞いて、うれしくなります。
この気持ちはなんなのでしょう。名前があるのでしょうか。
「最期まであなたに寄り添ってあげられない子でごめんなさいね。多分本人が一番悔いてるから、責めないであげてね」
「ちょっと、小春ちゃんはそういうのしない。謝って」
あ、小手毬さん、怒ってる。
怒っている人の側にいるのは苦手です。苦手なはずなのに、今大丈夫です。不思議。
わかってくれてて、怒ってくれてる、から?
あんまり、まだ、一緒にいないのに、なんで小手毬さんは私の事解るんでしょう。すごい妖狐さんだからでしょうか。
「え?だって」
「謝る」
「……あ、謝るとか、大丈夫です。でも責めるとか、多分しないと思います。大丈夫だと……その、椿さんと一緒にいると、ほわってなっちゃって、全然、そんな気に、なる気がしないというか……」
上手く言えません。隣に椿さんがいると、椿さんの声を聞くと、悲しさは一時的にどこかへ行ってしまうのです。戻ってくるのは決まって私がひとりになった時で。
だから椿さんに直接そういう事はしない、と思うのです。
するならきっと――――
きつく、抱きしめられました。
びっくりしたのですが、身動きもとれません。
「どうしてなのかしら」
「え?」
「……どうして、次から次へと……こんなにいい子なのに」
堅香子さまは、誰かから、何か、聞いたのでしょうか。
そんな感じです。
きつく抱きしめられていますが、苦しくはありません。いいにおいがしてあったかい。
お母さん、て感じがします。いわゆる、普通の。
昔はその感じを知りませんでした。今はよく知っています。
きっかけをくれた人の事を、想います。
そうするとたちまち幸せな気持ちになってしまうのです。