親の心、狐知らず/小手毬
結局またここに来てしまった。
だって空いてるし、変に声かけてくる人いないし、いても雰囲気察して離れてくれるし。
今日は特に空いている。12月25日の日曜日で、もう22時近いからというのもあるだろうけど。
店にはあたしと、母と、店長と、常連客がひとり。それだけだ。
東都駅の丸の内地下通路に入口のあるこのお店。
普通の人には入口自体が見えないという、このバー。
あたしも、椿に連れて来てもらうまでここに扉がある事を知らなかった。
大変な術を使っているのだと思う。神様と妖狐は似ているようで違う。だからこれがどういう仕組みなのかわからない。
ただ、あるのが解る。それだけだ。
「え、じゃあホテルに一人なの?茉莉くん」
「ええ。起きませんから。朝まで」
「泣いたりしないの?」
「しないですよ。もう4つだと妖狐の中ではそこそこ……そうですねえ、小学生くらいの分別ありますから」
「へー」
「椿ここ連れてきたの、10歳くらいの時じゃからの」
「ええ!?そうなの?大人に化けてたじゃん!!なんだ結構こき使っちゃってたなあ」
「いいんですよ。何事も修行です」
「そーじゃそーじゃ」
「……麗ちゃんは、ちょっと反省した方がいいかな」
センセイは、子供の話題になるとちょっと常識人になるからおもしろいわ。
「ああ、でも大変だったわ今日は。泣きわめいて。小春さんとこ行くって」
「あー……むしろ行ってくれた方が椿くん的には助かったかもしれないね。大丈夫だったのかな」
「イタ電する?」
「麗ちゃんさすがにないわー。そういうの」
「何にも問題ないんじゃない?って言ったけど、そういうの大変なのねえ。昔だったらすぐお嫁さんに出来るのに」
「出来ても椿はこの時期に手、出さないでしょ。そういうやつじゃない」
なぜか視線があたしに集まっている。皆微妙な表情をしている。
ああそうか。あたし失恋した人扱いか。
どちらかと言えばここひと月の調べものが無駄になった人けど、そんなに無駄な努力感はないし、なにかすっきりした気分。
弁解するのももうなんかあれなので、ビールを飲む。今日はハイネケンだ。
泡が多い。麗さまが入れたから。
「……うちの子達は、揃いも揃ってなんで独り身なのかしら……」
母様にしては珍しい、活のない声だが心配する気は起きない。
「申し訳ありません」
「責めてるんじゃないのよー……なんか、親の背中を見て育つって言うじゃない。わたくしたちが何か駄目だったのかなーとか……」
カウンターに頬をぺったりつけて、足をぶらぶらさせる母様は確かに情けないのだけれど。そうじゃなくて。という意味を込めて咳払いをする。
「兄様たちは知らないけど、あたしは、その、親の背中を見て育ったので、理想が高くなっちゃったの。多分」
「えー?父様だって昔は本当に……でもあれね、そんなのあなたには見せないものね。ええかっこしいだし……わたくしもそう言えば昔は散散……」
フォロー入れたつもりだったのに逆効果だったか。母様は起き上がる様子がない。
適当に流して、適当に終わらせよう。
「はいはい。頑張ります。素敵なダーリン見つけて孫の顔見せられるように頑張ります頑張ります」
「べつに孫が抱きたいから口うるさく言ってるんじゃないのよ?抱けるなら抱きたいけど……あれよ、ちょっと後悔してるから言ってるのよ」
「なにを」
「もっと早くあなたを産んでおけばよかったって。狐離れできないの。あなただけじゃなくて、全員なんだけど」
「ええ?兄様も……?」
私も大概だが、すぐ上の兄ですら500歳は年上なのだが。あれだけど、そんな人様に迷惑をかけるようなことはしていないし。たぶん。
「心配とかじゃないのよ。もうわたくしでも本気出しても半べそにしかできない気がするし。なんていうのかしら――別に友達でも恋人でもいいんだけど、わたくしの場合はあなたたちだったの。一緒に過ごした時間を思い返すとか、今何してるのかしらって思いをはせるとね、幸せな気持ちになるんだけど、それって生きてるうちしか出来ないでしょう。遅くなると、それが出来る時間が減るから。後悔する様な事にならないようにねってことが言いたいの」
そうか、この人ももうそんなに長くないんだった。
それでも椿よりは長いけど、今まであたしがこの人といた時間よりは多分短い。
急にたまらなくなって、カウンターに突っ伏すその人の頭に触れた。
黒髪は、老いなど感じさせないつやつやさだけど。
「……そうだわ、後悔しないように、あの二人は締上げないといけないんだったわ……!」
「なんか、結界とか手伝うから、言いなね……」
「そうねえ。どっか干上がらせちゃったりするとすぐニュースになっちゃうものねえ。最近は」
血気もバリバリ盛んである。
相変わらずだわ。相変わらずなんだけど。
散散誘われて面倒くさいから躱してたけど、今日は一緒に泊まろうかな。部屋ダブルだし。三人で眠るのも悪くない。朝起きたら茉莉は照れそう。
きっと帰り際にもう一度誘われるから、生返事しながらついて行こう。
バカみたいに嬉しがってめんどうくさいけど、我慢出来るくらいはあたしは大人だ。
欧米では家族で過ごす日らしいし。たまにはかぶれて見るのも悪くない。
麗さまと目が合って、にや、と笑われた。
この神様も大概謎だ。
とりあえずそろそろビール:泡は7:3だって覚えてくれないかしら。
すごい神様なのに、ビールサーバーの扱いが致命的にへたなのはどういう事なの。
とりあえず全能ではないらしいことは、今日はっきりわかった。