【R15】決戦はクリスマス――耐え抜け、制の12時間(3)
今僕は、どんな顔をしているのだろうか。悪い顔じゃないといい。
浮いたままの細腰に腕を回し、彼女の身体を自分のほうへ引き寄せる。
戸惑ってはいるが嫌ではなさそうな小春さんをきつく抱きしめる。
ほっとする。
あるべき所にあるべきものが収まった感じ。
欠落していた場所はこれで十分に埋まっている。満たされている。
それなのに。
「なんか、香水つけてますか?」
「え、はい」
いつものシャンプーのにおいに隠れて首筋から甘いにおい。
「いいですね、これ。あんまりきつくなくて」
「…………」
あまり堪能すると理性が飛びそうなほどに。
いや、飛びかけてるんですけど。頑張れ僕。
噛みつきたくなる誘惑を振り払って、顔を上げます。
小春さんはなぜかちょっと不機嫌そうです。
「……この格好、痛いですか?」
「……覚えてないんですね」
「え?」
「前に、椿さんにもらったやつなんです……これ……練り香水」
血液が沸騰している。気がする。
色々比べながら大分早いな、と思った香りだ。
それでも選んだのは、ケースがロケットペンダントの形をしていて可愛らしかったから。
早いと思った、なんだっけ忘れちゃいました。
なにかの花の香り。
それが今はよく――――馴染んでいる。
「いつも、つけてくれてたんですか?今までも」
「……開封ちゃうとにおい消えちゃうみたいなので……今日、初めて使いました」
そりゃ、捨てられたりしてるとは思わないですけど、まだ大事にしていてもらえたことの喜びが、思ったより効きます。身体の中を駆け巡って行く。
「そうなんですね」
もう、完全に駄目だ。不意打ちに次ぐ不意打ち、頭がどうにかなりそう。
とっくになってる。
満たされたと思っていたのに。
埋めてもらった箇所との境がどんどん崩れ落ちてなくなって行く。また欠ける。
もっと欲しい。
もっと。
相手の後頭部に手を添える。逃がさない為です。そうして唇を奪う。
本当に、もう強奪です。
いきなりのそれに驚いた小春さんは、固く目を瞑ります。
もっと優しくしたいのに。出来ない。
劣情に流される自分を深く恥じていますが、おそらくこれは自分自身を正当化するためのポーズです。
一応頑張ったんですけど駄目でしたという言い訳の準備だ。
建前を全部とっぱらったら後に残るのは――
「もっとくっつきたい」
「え?」
お願いではなく、宣言です。
彼女が痛くないように気を使いながら、二人で床に倒れ込みます。
一応カーペット敷いてあるから痛くないはず。
僕の上に乗ってもらったほうがより痛くなさそうだけど、それだともう決定的に駄目になる。
組み敷いた方がまだ距離が取れるから。
「椿さん」
頬に優しく触れてきた、小春さんの手を取ります。力いっぱい握りしめたら壊れてしまいそうだから、出来るだけ優しく。
「ごめん、乱暴でしたね」
「へ、平気です」
うそつき。顔真っ赤のくせに。
無造作に散らばった長い黒髪、白い首筋、震えるまつげ、赤くふっくらとした唇。
扇情的な部分をこれだけ持ちながら、与える印象は清純そのものです。
こんな子とっ捕まえて、僕はなにをしているのでしょう。
「びっくりしただけで、あの、その……うれしいです」
もっと自分が他人にどう見えるのか自覚して欲しい。
微笑みが、言葉が、やわらかさがどれだけの価値を持つのか。
安易に僕に許さないで欲しい。
こらえきれなくなって、彼女の身体に唇を落とす。
額に。
頬に。
耳たぶのすぐ下に。
そのまま首筋に。
繋いだ手が僕の手の中で固くこわばるので、
ほぐすようにその手を開いていく。
親指で柔らかい手のひらを何度もさする。
くすぐったかったのかそれを遮るように指を握られたので、指と指の間に順番にくちづけていく。
「あ」
緩んだところですかさず、彼女の指の間に僕の指を入れ込む。
もう片方の手は、同じ手順を踏むまでもなく容易にそれを許されました。
つないだ手は両方、彼女の耳辺りに置く事に落ち着きます。
そういえばこんな風に手を繋ぐのは初めてで。
手の甲よりもてのひら、てのひらよりも指の間の方が感覚が鋭敏な気がする。
必要ないのに。皮膚が薄いから神経に近いのでしょうか。
だから身体で一番薄いここはこんなに気持ちがいいのでしょうか。
手荒にならないように唇を重ねる。
最初に触れるその一点も、皮膚同士が少しくっついて離れていく瞬間も鮮明に感じ取る事が出来ます。
柔らかさも熱も甘さも、すべてを感じ取るのに実に適したこの器官。
そういえば狐の時、ないんでした。あるけど薄いというか。
これなしでどうやって睦み合うんだろう。
謎だ。
全然謎のままでいいんですが。
興味もないし困らない。
だってこの先僕はこの人としかこういう事しないし。
「んん、つばきさん」
その声は心地よさゆえなのか驚きから出たものなのか。
いつもの僕なら探り探りで反応を窺うのでしょうが、そんな余裕はどこにもありません。
どちらかわからないけど、声を上げた原因は僕が彼女の口内に自らの舌を差し入れたからです。
そこは予想よりずっと熱く。
知っている彼女の身体の中で一番やわやわな場所でした。
ここを知ったらもう後戻りできない。
貪るように唇を食み、無抵抗の舌をつついてからめとる。
つないでいる手を強く握られたので、鎮めるように握り返して。
落ち着くために一瞬唇を離します。
見下ろすと黒い瞳が目に入る。拒絶の色はない、と思う。
確かめるのが怖いので、身体への口づけに切り替える。
首筋。甘い。どうしてもこの香りから離れられない。
もっと大事にしたかったのに。こんななし崩しに。
今のこの僕の衝動は、ちゃんと恋からきているものなのだろうか。
野生の獣ゆえの、抗えないなにかのせいだったら嫌だ。
彼女を物扱いしているみたいで。
しかしそれを見分する余裕はない。
とりあえず乞いはある。
もっとこの人に触れたい。触れられたい。それを許されたい―――
葛藤しながらも自らをとめられない、そんな状態の僕を止めたのは電話の呼び出し音でした。