【R15…?】決戦はクリスマス――耐え抜け、制の12時間(2)
お昼まではなんとか、小春さんの膝の上でわちゃわちゃしたりして時間を稼げました。
肉球の間を丹念にマッサージされて悶絶しました。本当、小春さんテクニシャンが過ぎるんですよね……。
さて問題はこれからです。11時を回った所で人間に戻ります。
「すいません、ご迷惑おかけしました」
「全然です。まだお疲れじゃないんですか?大丈夫ですか?」
その言葉と共に繰り出された上目使いは完璧な角度です。ちょっと内股なのもいけない。
僕に黙って男心をくすぐる所作を学ぶ稽古事か何かに通っているのでしょうか。あざとい。あざとすぎる。これ天然でやってるなら罪深すぎます。
「大丈夫です。ご飯、作りますね」
「あ、手伝います」
そう来ると思いました。なので、作っていてまったりの、いい雰囲気にならない献立にしたんです。手順が多い奴。
フライパンで作るほうれん草のキッシュ
ママレード風味のスペアリブ
サーモンと玉葱二種類のマリネ
トマトのファルシ
紅茶のシフォンケーキ
です。スペアリブに下味をつけている以外はまだ何もしていません。
なのでこれから僕らは具材の皮をむき、切り、くりぬき、キッシュ液を作りマリネ液を作り各々流し込んだり漬け込んだり、焼き加減を見たり煮たり詰めたりして終盤にメレンゲを立ててケーキを焼いたりしなくてはいけないのです。
邪まな心が湧く時間はありません。
かなり急ぎ足で全ての作業を行ったのですが、オーブンにシフォン型を放り込み、盛り付けをし終わったのは13時になろうかという所でした。
「お腹空きましたね」
「ぺこぺこです」
そんなやりとりをしながらご飯をつついて。そう言えばちゃんと一緒にご飯を食べるのも久しぶりです。出来もよかったのもありますが、それ以上においしく感じてしまいます。
おいしそうだなー。小春さん。
あ、いかんいかん。
途中焼き上がったケーキを取り出してひっくり返したりしながら、昼食を食べ終わって、一息入れずに後片付けをし、それが終わったのが15時15分です。
僕は寝室に移動し窓の外に一度視線をやります。少し、風が強そうです。
今のところ計画通りです。あと2時間15分です。2時間15分頑張ればいいのです。
2時間のうち、まだシフォンケーキを食べるというイベントが残っています。
何とか乗り切れそうです!
「あ、いた、椿さん」
背後から声をかけられます。お手洗いから戻ってきた小春さんです。
「すいません」
「さっきからなんか外気にしてません?」
「予報だと雪降るって言ってたので、大丈夫かなーって」
「え?そうでしたっけ」
「そうでした。僕、雪かきとかちゃんとやった事ないので、ご近所さんのお手伝い、ちゃんと出来るかなって。心配で」
「そうなんですね。ご実家は雪とか、降らない所だったんですか?」
「結構どかっと降りますが、ほら、狐だから。雪かき、いらないんですよ」
「ああー……そうでした」
「そうですとも」
そんな会話をしながら並んでなんとなく二人で外を見ていたのですが、不意に小春さんが僕の手を握ってきました。不意打ちつらい……。
触れた瞬間に、全身の血管がぶわっと膨張するのが自分でもよくわかりました。しかし振り払う訳にもいかないのでそのまま握り返します。繋いだ手を引っ張って抱きしめてそのままもつれこみたい。
そばににいると襲いたくて仕方がない。
これへの対策も用意してきました。準備は万全です。
「あれ、あれあるじゃろー。見てるようで見てないとか、聞いてるようで聞いてないで生返事とか。小春の側で小春には関係ない、全然違う事考えればいいんじゃないかのー。やる気がなくなるような」
店長さんのその案を採用しようと思います。
煩悩をかき消すような妄想を頭の中で展開させればいいのです。神様たちはひっでえアイデアをポンポン出してくれました。メンタルが小学生なんですよね。
網タイツを着用しラインダンスを行う現職内閣の面々。
じゃじゃ丸とピッコロを気円斬で追い詰めるポロリ。
シャア・アズナブルが服の袖をビリビリに破くという栃狂った行動を起こした経緯を推理する……。
脳内で延々テトリスの曲を即興で替え歌する。
どーじなごぼうがお池にはまって這い上があーったらあらいごぼー♪
そーばでみていたわたあめ飛び込むいーけのなーかで溶け落ちる―♪
わたあめさーがす母わたあーめがいーけに浮かんだ……あっ、これ悲しい感じだ。妄想の中でもサッドエンドはいけません。
「椿さん!」
はっとして意識を戻すと、小春さんが僕を覗き込んでいました。放っておかれて怒っているという感じではありません。
「大丈夫ですか?もう少し寝ていた方がいいんじゃないですか?」
大丈夫ではありません。そうですね、ちょっと一緒に寝ましょうか。
「大丈夫です。ごめんなさい」
「本当ですか?」
嘘です。
「本当です。ケーキもう食べます?」
「まだちょっと……お腹いっぱいで」
どれどれどれくらいいっぱいなのか確認させてくださいな。
「そうですかー張り切って作り過ぎちゃいましたね。なんかすいません」
「……あの、椿さん、ちょっと、あの、渡したいものがあるんですが」
※※※※※
予想に違わずクリスマスプレゼントを頂いてしまいました。マフラーでした。
よくある、セーターの柄みたいなやつではなく、雪の結晶とドットみたいな……ファンシーなインベーダーゲーム柄がしっくりきますかね。そんなマフラーでした。
首に巻くと、早くも馴染んでくれました。暖かい。
「見た事ない感じですね」
「好みじゃないですか!?」
「いえ、素敵ですね。ありがとうございます」
「よかったです」
「高かったんじゃないですか?全然お店で見かけない感じだし」
「いえ、あの、毛糸代だけで、そんな、ぜんぜん……」
「え、これ?手作りですか?」
「あ、あんまり見ないで下さい!すいません」
僕を止めようとする小春さんをスルーして、まじまじとマフラーを観察します。あの、よくある、なみなみして横にびろんて伸びる手作りマフラーとは一線を画しています。
編んだことはないので解りませんが、手間は相当かかっているはず。
「大変だったでしょう」
「そんなことないです、始めたの夏前だったので」
まだこういう関係じゃなかったのに。
心が甘く締め付けられる。息が出来ない。痛むのは心臓が最初なのに、痛みがせり上がってくるのは気管。そうして喉で止まるんです。
その痛みを言葉で吐き出せ、という事なのでしょうか。
不安げな顔で僕とマフラーを見比べるその人の手を取ります。
「大事にしますね。使うのがもったいない」
「じゃんじゃん使って下さい。あ、気に入ればですけど」
本当に言いたかった言葉を口にしてしまうと、それを耳にした小春さんの顔を見たら僕はどうにかなってしまうから、言わない。飲み込む。
そうしてつないだ手を離す。
「僕からも」
会えない間に、ちゃんと用意してましたとも。
今いる寝室の、ちょっとしたラックに隠しておいた紙袋を出して、小春さんに渡します。
「開けてみてください」
「あ、はい」
膝の上に紙袋を置いて中身を取り出し、丁寧に包装をほどいていく小春さん。中から出てくるのは天鵞絨の小箱です。
「あ」
それをさらに開けると出てくるのは腕時計です。外枠は長方形、文字盤は丸っこいアラビアン、黒の革ベルト。今の小春さんには少し大人っぽいのかも。そんな時計。
「アクセサリーだと学校にしていけないので。ちょっと地味でした?」
「かわいいです。ありがとうございます」
本当は、僕がいなくなった後、持ってても誰かにやきもちをやかせない物って基準だったんですけど、言う必要はありません。
笑顔で左手に時計をつける小春さん。うきうきしている時の顔は昔と変わりませんね。
あ、目が合ってしまいました。
「どうしました?」
向かい合って床に座っていたのですが、小春さんが四つん這いになってこちらに寄ってきます。それを見守っていたらキスされてしまいました。口にです。
「大事にしますね。じゃんじゃん使います」
それは結構なんですが、大事に出来なくなりそうな不意打ち……!
ああ、だめだ。ポールダンスを踊ろうとするもお腹が邪魔でポールをうまく使いこなせないムーミンを思い浮かべるのです僕。ハーモニカを吹きながらとんぼを熱唱するスナフキン、ムーミンパパがいい声過ぎていつも気になります。お母さんは上も何か羽織って欲しい。ミイのあそこにはきっと納豆詰まってる。ミイと納豆……!やっべ今僕世界の真理に触れた気がする。イエーイ!
―――だめだ耐えられない!
一回、して、ちょっとこの煩悩を外に逃がそう。
小春さんの笑みをすくい取るように、口づけを。
軽く触れるだけ。自分のをつかって小春さんのを開こうとしてはいけません。小鳥のようにです。もあそふとりー。
味あわなければそれだけ未練が少なくてすむ。
渾身の自制心をはたらかせて、小春さんから離れます。
いえ、離れられませんでした。小春さんが僕の首に腕を回して来たからです。
そうしてほんの一瞬だけ、下唇を食まれました。すこし湿った僕の下唇を、僕のものでない吐息がすべっていく。
「お約束の、う、埋め合わせ……って、このあいだので、終わりですか……?」
なんで小春さんは大人しそうな顔して大胆なんだろう。まだ子供の時分に告白してくるし、突き放してもぐいぐいくるし、かわいいし、やさしいし、どこもかしこも気持ちいい。
頭の中がめちゃくちゃです。